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夫不在の週末に感じたこと

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先日夫が仕事&プライベートの用事で4日間不在の日があり、週末を娘と2人で過ごした。
木曜日に今日から日曜日まで夫がいないのかと思いながら買い物に行くと、つい自然と日本食スーパーに足が向いた。デュッセルドルフは日本人が約7,000人も住んでいるので、和食レストランはもちろんスーパーも充実していて、日本のパン屋まである日本人にとってはありがたい町。娘が好きなアンパンやクリームパンも買って家に着くと、なんだかこれから誰か日本人と一緒に家で過ごすような気持ちに自分がなっていることに気が付いた。夫も日本語堪能で食事も何でも食べるので、もともと我が家で私は和食を作ることの方が多いのだけれど、娘と2人だけと思うとやっぱりどこか普段とは違う気兼ねなさを感じた。

娘と一緒にお団子を作って、みたらしたれやきな粉をかけて食べたり、煮豆、おうどん、おもちなど彼女が好きな和食三昧の週末。お手紙交換に興味を持ち出した月齢で、ひらがなで一生懸命書いた手紙を何枚も私にくれた。家の中で何か音楽をかけようと思い「ドイツ語と日本語の歌、どっちがいい?」と娘に聞くと、「いまはままとふたりでにほんごはなしてるから、にほんごがいい。」と言ってくれて、なんだか嬉しかった。まだまだ手の掛かる4歳児なので、ずっと楽しい時間だけだった訳ではもちろんないけれど(苦笑)、私達はほっこりした日本的週末を過ごした。

もう8年になるドイツでの生活は基本的に快適で、ドイツの習慣も食事ももう慣れているし特に不自由を感じることもない。でも時々やっぱり自分はどこまで行っても日本人だなと感じる瞬間がある。
娘の言葉は相変わらずドイツ語の方がずっと流暢で、日本語を話す時には時々ドイツ語が混ざるけれど、会話もかなり上達して来たし、日本語でヒアリングしたことを他人に説明することも随分上手になった。私との会話もこれまでもこれからもずっと可能な限り日本語のみでやっていく。

今回久しぶりに彼女と2人だけで数日過ごしてみて、ただ単に母と娘という関係だけでなく、日本人の私が外国人として今後もヨーロッパで年齢を重ねていく上で、この子の存在は私の中で年々大きな心の支えになっていくのだろうなという予感が頭をよぎった。今後彼女の成長の過程で私達は難しい時期を迎えることも増えるだろうけれど、将来この子に自分がどれだけ癒され救われるかが想像できる気がして、我が家の子供として生まれてきてくれ、小さなドイツ人、そして日本人として育ってくれていることに心から感謝しなければと改めて思った。



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# by mikimics | 2015-11-03 19:25 | life with kids | Comments(0)

Museum Boijmans Van Beuningen, Rotterdam

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南イングランド旅行からの帰り、ヨーロッパ最大の港町、オランダのRotterdam ロッテルダムに立ち寄った。ヨーロッパの町にしては珍しく近代的な高層ビルが立ち並び、道行く人の顔ぶれもとてもインターナショナル。モロッコ、トルコ、南米からの移民者なども多いそうで、町の人口の半分以上が外国人で、人は皆普通に英語を話す。(イギリス人の鼻にかかったクイーンズ・イングリッシュより、オランダ人の英語の方が私にはずっと聞き取りやすかった。笑)

ここでぜひ訪れてみたかった美術館、Museum Boijmans Van Beuningen ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン美術館を巡ることができた。
長くてなかなか覚えにくい名前の美術館だが、これはもともとボイマンスとヴァン・ベーニンゲンという二人のコレクターの膨大な蒐集品が基盤となっているもので、現在は126,000点もの所蔵作品があり、中世~近代~現代にかけてすべてワールドクラスのコレクション。絵画が主だけれど、デザインのセクション、彫刻・インスタレーションもありかなり盛り沢山なので、平面作品を中心に急ぎ足で回った。
中に入ると正面入り口にあるワードローブがとても粋でテンションが上がる。最初展示されているインスタレーション作品かと思ったら、コインを入れて自分でコートをかけることができ、自分の上着も作品の一部になるという仕組み。

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Studio Wieki Somers „Merry-Go-Round Coat Rack” 2008
(後ろの壁にあるのはコインロッカー。同じスタイル・素材で作られていて中が見えるようになっている。)


古いものから年代別に観ることにして中世の部屋からスタート。ボッシュ、ヴァン・アイクなど大学の西洋美術史で学んだ作品が目白押し。この時代のものはあまり大作はないので、部屋もそれに合わせて小さく作られていて回りやすかった。そして初めてPeter Bruegel ブリューゲルの„The Tower of Babel バベルの塔”(1565, 小バージョン)を観た。文字通り前に立ったら動けなくなる傑作。450年前に描かれたとは思えないほどの美しい発色で、塔の上に何千人もの人物が様々な動きで描かれているけれど、これが本当に蟻サイズで驚いた。 聖書にある「バベルの塔」は人間の行いが神の怒りにふれた逸話 - 一度見たら忘れられない構図、圧倒的な描写力と重厚な表現で、神からの視点でちっぽけな人間が描かれているように感じた。

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そしてレンブラント、ルーベンス、印象派、表現主義、ゴッホ、ピカソ、モンドリアンなど近代のコレクションが続々続く。私には特にダリとマグリットの部屋が印象深かった。

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Salvador Dalí „A Couple with Their Heads Full of Clouds” 1936

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Maurizio Cattelan „Untitled (Manhole)” 2001
(近代絵画の部屋にこんな彫刻インスタレーションも。この男性は全身像で、下の階から脚立に乗って床を抜いて出て来ている。)


日本人としては草間彌生ルームも見逃す訳には行かない。これは一見目立たない一角にあり、白い地味な扉を明けると外からは全く想像のつかないきらびやかな赤いドットの世界が広がっていて心が躍った。今回は夫&娘と別行動で来たのだが、この部屋はぜひ娘にも見せたかったと思った。

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Yayoi Kusama „Infinity Mirror Room - Phalli's Field” 1965

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美術館中庭の様子


デザインコレクションは割愛し絵画平面作品を中心に観たが、見応えがあり過ぎてかなり満腹、放心状態で美術館を出る。ここはMuseumparkという他の美術館や博物館も集めた緑豊かな公園の中にありとても良い環境なので、次回また来る機会があったら今度は公園で過ごす時間も計画しようと思った。

ロッテルダムは戦争でかなり町が破壊されたため古い建物がほとんどなく、オランダ特有のモダンな幾何学的建築が多くあり、観光としては新鮮だった。全体に無国籍な印象で、町の中心に唯一戦火を免れた中世の建築、Grote St.Laurenskerk 聖ローレンス教会(ここの内装がまたモダンでとても印象的!)もあれば、少し離れた所には立派なモスクもあり、新しい21世紀型のヨーロッパの都市モデルを見せてもらったようで、一泊だけだったけれどとても面白い滞在だった。


以下2つ、実際に観て感動した建築。
1つ目は1980年代のモダン建築、Piet Blomの„Kubuswonung”。斜め45度に建てられたキュービックの中は3階建ての住居になっていて、中も見学できるが想像していたより広くてよく作られていた。
2つ目はちょうど1年前にオープンされた、オランダの建築家集団MVRDVによる„Markthal” 屋内食品市場。中には高級食材店やレストランが立ち並び、ドーム部分は200戸以上ものアパートが入っていてとにかくクールで、そのスケールには圧倒される。

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# by mikimics | 2015-10-23 18:20 | museum | Comments(0)

Folkestone, England

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イングランド南東にあるKent ケント州にFolkestone フォルクストーンという海に面した町がある。
この町に義理の両親が毎夏訪れるほどのお気に入りのホテルがあり、私達も時々同行している。今月始め、今回はそこに初めて秋に小旅行してみた。
ここにはいつもドイツの自宅から車で行く。デュッセルドルフからフランスの西の港まで3時間ほど走り、フェリーで2時間ドーヴァー海峡を渡ってイギリスのDover ドーヴァーの港に入り、さらに車で30分ほどで到着。いつもはフランスのCalais カレーの港からフェリーに乗ることが多いが、今回は難民問題でカレーは出国審査に時間が掛かりそうなので、Dunkerque ダンケルクの港から乗った。

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フォルクストーンに来るといつも杉本博司氏の海景シリーズ作品を思い出す。静かな水平線が見える風景はとても落ち着く。大戦前20世紀初頭にはファッショナブルなリゾート地として栄えた町で、どこにいてもカモメが視界に入り、とても人慣れしていて近付いてもあまり逃げない。ホテルの建物にもよく留まっていて、朝はクークーという鳴き声で気持ちよく起こされる。

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義理の家族のお気に入りのホテルはThe Grand。私達家族は2009年から2年に1回訪れていて、気が付くと今回はもう4度目の滞在。前回娘は2歳、その前は3ヶ月の赤ちゃんだった。町の様子やホテルの雰囲気は全然変わらず、子供だけが大きくなったような不思議な感覚になる。
滞在型のこのホテルは、アガサ・クリスティーが長期滞在して執筆したことでも有名だそうで、クラッシックな雰囲気はまさにあの世界そのもの。シャワーのお湯の出も良くないし床もぎしぎし言うけれど、たまに来るとやっぱりこのOld Englandの空気は良いなと思う。お姫様が住んでいるようなアンティークなインテリアがツボにはまったのか、今回は娘もとても気に入っていた。

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今時のホテルはカードキーの所も多いけれど、ここではずっと変わらずいつもクラッシックな鉄の鍵束を渡される部屋のドア以外にもホテルの別棟に移動する時なども無意味に鍵が必要で、しかも簡単に開かないことが多いけれど、その不便さが味があって面白い。この鍵はこのホテルの一つの象徴だなと思い今回初めてスケッチしてみた。2年前はピカピカ光る鍵束が気に入って娘はずっとおもちゃにしていたのに、今回は全然興味を示さなかった。それもまた成長の証。

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ホテルで月に一度第一日曜日に開催されるアンティークマーケットで買った50ペンスの古ポストカード。
いつ撮影されたものかは分からないけれど、裏に貼ってある切手はGeorge VI ジョージ6世(在位1936-1952年)のデザイン、消印は1937年?のように見える。21世紀の今、同じ構図で撮ってみた。後ろに見える建物はThe Grand。

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人口46,000人ほどの小さな町だけれど、町の中心もチャーミングでそれなりにお買い物も楽しめる。港町で海の幸も豊富なのがドイツから来ると嬉しい。お決まりのFish & Chipsは毎回必ず食べる。少し車で走れば歴史的なお城があるDover ドーヴァー、有名な大聖堂があるCanterbuy カンタベリー、中世の町並みを残すSandwich サンドウィッチなどの近郊の魅力ある町もあるので、これまで何回か日帰り観光もした。

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夫と結婚しなければここに来ることもなかったと思うし、ドイツにも日本にもこんなに定期的に訪れるホテルはないので、今やこの地には不思議なご縁を感じている。貧乏性な日本人としては、こんなにリピートして毎回ただのんびり過ごすのはもったいない気が最初はしていたが、今はここでは文字通り「休暇」することを楽しんでいる。
ホテル部屋のバルコニーから描いたスケッチ。この構図を見ると自然と耳にカモメの声が聞こえてくる。

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# by mikimics | 2015-10-21 08:27 | travel | Comments(0)

Düsseldorfer Marionetten-Theater

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デュッセルドルフのAltstadt(アルトシュタット・旧市街)すぐそばの雰囲気がある通りにDüsseldorfer Marionetten-Theater マリオネット劇場がある。何度も前は通り掛っていて、以前から一度中に入ってみたいと思っていた。そして先週思いがけず急に子供のいない夜の時間が出来て、夫と何か観に行こうかということになり、二人ともまだ未体験だったこの劇場を試してみることにした。

来年で開館60周年記念になるというこの劇場は、座席数約100席のこぢんまりしたかわいらしい空間。道路に面した入口から裏庭に入り、少し歩いて奥の劇場にたどり着く途中に、人形を造る木工アトリエの建物もあり、外側から中の様子が窓ガラス越しに見える。劇場内のカフェもクラッシックなインテリアでとても上品な雰囲気で、総合的に上手く気分を盛り上げる造りになっていると思った。現在上演中の劇は世界的に有名なあの戯曲、Goethe ゲーテの「Faust ファウスト」で、かなり現代化された脚本になっていたが、おかげで私も初めてファウストの内容を知ることが出来た。

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幕が上がって人形達の動きを観ていたら、小学生の時にNHKで放送されていた人形劇「プリンプリン物語を思い出した。独特の世界観に引き込まれ、弟と一緒に食い入るように観たのを憶えている。子供の時に感動した遠い記憶は、こうしてふとした瞬間によみがえるものだと感じた。
マリオネットの人形は頭と手が異常に大きく作られていて、目、鼻、口のパーツも顔の中で最大限にデフォルメされている。小さな人形の表情や表現を遠くからでも分かりやすくするためだろう。近くで見ると少し異様な、人形によっては気味の悪い印象も受ける。今回のファウストに関しては、子供は10歳以上から鑑賞可能となっていた。確かに台詞も結構難しいし、悪魔が何度も出てきて恐ろしいシーンもある。

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初めてのマリオネット鑑賞は予想以上にすばらしく全く飽きさせない90分だった。小さな舞台の上で何度もシーンが変わって、その見せ方にひたすら感心するばかりだった。出て来るものは全部、糸でぶら下がっているという超ローテクな作りなのに、人形師のテクニック、舞台美術、音響、ライトの効果で、ものすごい迫力で別世界に連れて行かれた。
また舞台の袖から背景美術を動かす人形師の手が、偶然少し見えてしまった瞬間があった。でもその時、この「手」が人形に命を吹き込んで、背景を静かに揺らしたり、あっと驚く場面変化を生み出していると思うと、なんだかすっかり感動してしまった。私はもともと「手作業」という言葉が好きで、それが仕事の基本だと思っている。そして今回これほどまでに手作業を感じる芸術もないなと、改めて人形劇の奥深さを知った。

相当な数の役者人形が登場したけれど、それはすべて合計たった5人の人形師の仕事で、幕が下りると黒装束の彼らが挨拶に現れた。そしてその5人で脚本、舞台デザイン、人形作りなど、舞台本番前の仕事もすべてやっていることを後から知った。ノミで木を削り人形の身体を造り、それぞれの人形に合った洋服も手で縫う。小さくそしてものすごく愛情深い世界。
またこれまで生まれたすべて一点ものの人形達には、「Paten」(英語のgodfather/mother、名付け親)という親代わりのような支援者が必ずいて、そのリストが劇場に貼り出されていたのも興味深かった。人形には全員名前があり、誰のPatenはどこの誰、という具合に並んで書かれていた。Patenになるのにどういう契約になっているのか、どのような援助をしているのかは分からないけれど、こうして実在する人間と人形が結ばれることで、その存在価値が証明されているような気がした。

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この劇場は現状は何とか維持できているらしいが、慢性的な経営問題を抱えているという掲示があった。
あらゆるものがデジタル化されている現代においては、確かにマイナーで多くの観客が集まる芸術ではないと思うけれど、絶対に廃れて欲しくない守るべき魅力のある世界だと痛感した。私はもうすでにハマりそうな予感があり、毎月こっそり独りで観に来て異空間に浸りたい気持ちだし、数年後成長した娘とも一緒に観たいと思う。そして日本の伝統芸能の「文楽」も鑑賞してみたいと改めて思った。


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展示してあった「美女と野獣」のマリオネット

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# by mikimics | 2015-09-15 19:11 | theater | Comments(0)

美術館でのキッズ・バースデーパーティー Kids' birthday party at the museum 1

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ドイツに住んでいて日々感じるのは「誕生日」の大切さ。これはもう「誕生日文化」と言えるもので、誕生日当日は本人が友人を招待したり、自らケーキを焼いて職場や学校に持参して周囲に祝ってもらう習慣がある。娘が入園して初めての誕生日では、クラス全員21人分のケーキを2種類用意して幼稚園に持参したので、私達両親にとってもかなり一大仕事だった。でも当日は先生方一人一人が個人的に娘の所に来て、握手をしながら丁寧にお祝いの言葉を掛けてくれたり、一日中今日の主役のように皆に扱ってもらって、それはそれですてきなことだなと思った。

子供のお誕生会も家の中でパーティーすることも多いけれど、屋内遊技場で一日過ごしたり、小さな農場でポニーに乗ったり、ボーリングをしたり、皆で一緒にお料理したり、スタジオでお皿の絵付けをしたり、と特別な場所でスポーツや文化的なことと結び付けて祝うことも結構ある。そして娘は夏休み前に初めて美術館でのバースデーパーティーに招待された。
その日の主役の女の子は5歳で娘より1学年上。来ていたお友達はほとんど同じ幼稚園の子供達だが、ドイツの幼稚園はクラスが縦割り構成で年長から年少の子供が同じ組に混在しているので、他にも6歳~4歳の子がいて4歳2ヶ月の娘は最年少の参加者。美術作品の中での誕生会、正直どこまで彼女が理解できるのかなと、最初は私も半信半疑だった。

美術館が企画した年齢別の子供向けのお誕生日会プログラムというのがいくつかあり、今回の内容は、前半1時間は作品鑑賞(常設展示品の中から中世~近代~現代の作品、平面・立体・ビデオアートなど多岐に富んだチョイス)、途中主役の子のご両親が用意したケーキを食べながら休憩、そして後半は皆で絵具にまみれて作品制作、合計3時間という盛り沢山なプログラムだった。親は同席する必要はなかったのだけれど、私はどんなものか興味があったので前半だけ見学させてもらった。

作品鑑賞では、ガイドの女性が作品を説明しながら子供向けの質問をする。大体発言するのは5歳以上のいつも同じ数人の子供達で、思わず感心してしまうような面白い意見も多かった。もともとシャイなタイプの娘は一言も発言することはなかったけれど、端で見ていても参加している感じはした。絵を観るポイントを教えてもらって、他の子の意見の述べ方を聞いて学んで、いつかの機会に活かせるようになるのかも知れない。

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ルネッサンス期のイタリア宗教画を鑑賞。それぞれの人物のしぐさについて討論。

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日本の根付コレクションの部屋で古い日本の寓話を聴きながら、様々なフィギュアを観察。

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天井に設置されたNam June Paik ナムジュン・パイクのビデオワークを寝そべりながら鑑賞。


ケーキ休憩の時に、ガイドの女性と色々話した。「平日の昼間は子供向けのプログラムが多く、常にここには子供も大勢来てるわ。そしてこうやって様々な年代の鑑賞者が来ることで、美術館も活性化されて、より意義があるものになって行くと思うの。私は大学で美術史を学んで、最初は大人相手のガイドをしていたけれど、子供もやるようになったら毎回予想外のことが起こって面白くて、今は子供相手の仕事が多いわ。」と言っていた。自分も一緒に楽しんでいるのが伝わって来て好感を持った。
後半はアートな雰囲気が漂う広いアトリエで、思いっきり制作させてもらってどの子供もいきいきしていた。
迎えに行った時、娘も十分満足した良い顔をしていた。

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そして6週間後、夏休み明けに招待して下さったご両親から、楽しそうな写真と共に娘の作品を受け取った。こうしてその日の思い出を凝縮した作品が残るというのは、予想してはいたけれど改めて良いものだなと思った。娘がいたから私も体験できた特別なパーティーだった。

以下、何枚か受け取った中から娘の作品2点。
1点目の2つのハートの水彩画は、ハートの中の黄色くキラキラしている所について、「まほうのこな、かけたんだよ。」と娘は言っているので、何か化学反応で色を変化させる技法を教わったらしい。さすが美術館、良い紙使ってきれいな仕上がり。娘の部屋に合いそうなので額装してあげようと思っている。
2点目は50x70cmの激しい大作。小さい身体の彼女にとってこの紙の大きさは、きっと私達が感じる倍くらいに見えているのではないか。そしてこれだけ絵具を塗りたくった後には、きっと何らかの達成感が娘の中に残ったのではないかと嬉しく思う。

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今回のお誕生日会はMuseum Kunstpalast クンスト・パラスト美術館の企画。
キッズ・バースデーパーティーの情報はこちらにあります。


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# by mikimics | 2015-08-27 06:17 | life with kids | Comments(0)

日本の幼稚園体験 1

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今月実家近くのある幼稚園で、私達は初めて日本の幼稚園体験をさせていただいた。10日間という短い期間だったけれど、その間娘は一度も行きたくないと言わず、一日も休まずに元気に楽しく通うことが出来て本当に良かった。私も保護者として初体験だった日本の幼稚園。母娘共に新鮮な気持ちで多くのことを学べた貴重な濃密な日々となった。

日本語のヒアリングは問題ないと思うし、ドイツで日本人のお友達と遊ぶのにも慣れていたので、娘を日本人だけの場所に入れることについては、特に心配はしていなかった。最初は教室の中で随分緊張していたみたいだけれど、次第に皆の輪に入るようになり、2日目からは「いっしょにあそぼ。」と声を掛けてくれるお友達も出てきて、自由に自分で動くようになったらしい。

馴染んで来たのだなと私も感じたのは3日目のこと。その晩家の中で、娘が何か面白いことを思い出すかのような目をしながら「おはようございます!」と言っていた。「それ、幼稚園で毎朝言うの?」と聞くと、「あのね、おとうばんがね、さいしょに『おはようごさいます』っていうの。それでこんどはみんなが『おはようごさいます』っていうんだよ。」と私に説明した。彼女の口から「お当番」という言葉を聞いたのは初めてのことで、日本の教育体験をしているなと感じた。

この「当番制」というのはとても日本的だと思う。そういうシステムはもちろんドイツにもないことはないけれど基本的に個人主義のお国柄なので、幼稚園のうちから日々そうして何かの仕事を子供達に義務付けるということはあまりない。
今回の日本の幼稚園では、登園時に門の所で当番の年長の子供が数人待っていて、年少のお友達が来ると手を引いて園舎へと連れて行ってくれた。この光景も私には新鮮だった。しかも雨の日はタオルを持って、レインコートやかばんを拭いてくれる。まだ梅雨の季節だったので登園初日も雨だったのだが、「ぬれていませんか?」と言って年長の子が娘のリュックサックを拭いて出迎えてくれたのには、私も驚いてしまった。
こうやって小さいうちから、思いやりやおもてなしの精神を養っているのね…と感心すると同時に、こんな教育ができるのは日本だけかもしれないと思った。

ドイツの幼稚園では、朝登園したら園児は先生達一人一人と握手をして挨拶を交わすけれど、皆で一緒に「Guten Morgen!」ということはまずない。そして全員で共に行動することももちろんあるが、自然に出来た数人のグループでそれぞれの好きなことをする時間が一番長い気がする。ここからしてもう個人主義。それに対して日本の幼稚園は、個人の自由遊び時間と並行して、朝の挨拶したり、全員で歌を歌ったり、帰りの会をしたり「皆で一緒」に何かをする時間を要所要所で設けているように見える。娘はその違いを違和感というよりは未体験の面白いこととして受け取っていたようだ。


4日目の夜、布団の中でなかなか寝付けない娘と、ドイツと日本のそれぞれの幼稚園について話した。「日本の幼稚園にはとてもかわいいウサギがいる」「でもドイツの幼稚園には体操のお部屋があって、それが好き」などなど。そして「どっちもちょっとちがうけど、どっちもたのしい。」と彼女は言った。
それを聞いて、私が娘に体験してもらいたかったことはこれだったのかも知れないと思った。
言葉の習得が目的だけれど、それよりももっと大切なこと - 異文化を知りその多様性を受け入れること。それぞれの国のやり方を尊重して、その長所や違いを理解すること。娘に対して常々思うのは、どこでもやって行ける子に育って欲しいということなので、この体験がその素地を築くための一部分となれたらとても嬉しい。

そしてもちろん言葉の習得に関しても大きな進歩があった。娘は幼稚園で学んだ手遊び歌もいくつか家で歌うようになり、こんな風にすぐに記憶して再現できるその吸収力に感心した。滞在3週目には目に見えておしゃべりになり、一日中日本語で話していた。以前のブログに書いた、一月前に日本語で話したいけれど話せないジレンマを抱えた同じ子供とは思えないほどだった。滞在前はドイツ語の文章に簡単な日本語を入れる独日ミックス文章をよく話していたのに、ドイツに戻ってきた今はその逆の現象(日独ミックス文章)になっていて、またすぐに逆転するのは分かっているけれど、私としてはちょっと嬉しい。
日本での日々は正に日常のような非日常だったのだが、時々ずっと前からこうしているような不思議な感覚にもとらわれた。夕方のNHK子供番組を喜々として見続ける娘を見て、このまま半年もここにいたら、この子もすっかり日本の子供になるんだろうなと思ったりもした。


今回お世話になった幼稚園は、先生方も保護者も園児達も皆大変親切で、とても良い所だった。お別れに先生からすてきなプレゼント - 最終日のクラス写真と共に、先生と保護者の皆様一人一人からの寄せ書き - をいただいた。私達にとってこの夏の楽しい日本の思い出となった贈り物、娘も帰宅してから夫に「これ、にほんのおともだち。」と自慢気に見せていた。
「来年も待ってるね!」と大勢の方に声を掛けていただけたのがとても嬉しかったので、年中も年長も体験できるように再度計画したいと思っている。

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# by mikimics | 2015-07-31 17:26 | life with kids | Comments(0)

日本のトイレ

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毎回の日本滞在で感じるのは、日本は本当にトイレ先進国だということ。
そのハイテクぶり、多様な機能は来るたびに進化していて、どこに行っても同じような基本的なトイレしかないドイツから来たローテクな私達は結構驚くことが多い。
10年前、夫は東京で仕事をしていた。クールな大都会「Tokyo」に興味があって一度訪れてみたいと思うヨーロッパ人は多く、当時も彼の友達が沢山ドイツから休暇でやって来た。そして彼のマンションに泊まった人達は皆、トイレ(ごく普通のウォシュレットトイレ)の写真を撮っていった。まだドイツに住む前だった私はそんなに珍しいものかな?と不思議に思ったが、今は彼らの気持ちが分かる。そしてその外国人が驚く感覚を、私の娘もしっかり持っている。

日本にいる時、外出先でトイレに入ると、彼女はいつも興味深げにしげしげと便器を観察し「これ、どうやってながすの?」と毎回必ず私に聞いてくる。「かってにながれるのかな?どこかおすのかな?」
そして私も即答できないことが多い。本当に様々なタイプがある。自動的に流れるタイプ、ボタンを押すタイプ、手をセンサーにかざすタイプ、レバーを下におろすタイプ… 実に色々な機能やデザインがあって、感心すると共にここまで複雑にする必要はあるのかなと思ったりもする。

個室内の私達の会話は延々と続く。
「これなあに?」
「これはおしりを洗うためのボタンなのよ。でも子供はまだ使えないから勝手に押さないでね。」
「ふうん。なに、このごーっておと。」
「おしっこする音が聞こえないように水の音が流れてるのよ。」
「どうして?」
「それが恥ずかしい人もいるからよ。」

手洗いの流し台も色んな種類がある。手をかざすと中央から水が出て、左側から泡の石鹸、右側から温風が出るとか、目新しいタイプと出会うと、「わぁ。びっくりした!」「このといれ、すごいね。こんなの、どいつにないね。」と純粋に娘は驚き喜んでいて、私達にとってはトイレも結構退屈しのぎの場所になる。


最近のハイテクトイレとは全然違うけれど、また別の日本のトイレの話も書きたい。
冒頭の画像は「トイレ」という絵画作品。(長尾ふみ氏、油彩、2014年制作)
この絵には昨年夏の日本滞在時に銀座の画廊、ぎゃらりぃ朋での彼女の個展で出会った。最初に観た時「あぁ、面白い作品。そしてとても日本的な絵だ。」と思った。
というのは、このように上から水が流れて手が洗える仕組みになっているトイレというのを、私は海外で一度も見たことがない。ひょっとしたらこれは日本独自のものかもしれない。昨年夏3歳だった娘がオムツが外れて初めて日本の実家のトイレに入った時、「どうしてここでてをあらうの?」と私に聞いてきた。そう質問されて初めて、確かにこんなトイレ、ヨーロッパにないなと思った。そして数年前に義理の家族が日本滞在した時にドイツ人の義父がこのタイプのトイレを見て「このシステムは水と時間の節約になる。すばらしい発明だ!」と感心していたことを思い出した。私はずっとこれが当たり前で育ってきたので、そんなこと考えたこともなかった。ありふれたことも全く違う視点から観察すると、新鮮で別の意味を持ったものに見える。

この部分だけを描くことで「トイレ」を表現した長尾さんのセンス、落ち着いた色彩とシンプルな線の構成に惹かれたのもあったが、私の中のノスタルジーが、この小品から様々のことを思い出させた。実家のトイレ(もう少し新しいタイプだけれど)、昔どこかの公園で入ったトイレ、いつの日だったか地方の旅館で入ったトイレ、などなど古い記憶とシンクロするような感覚を得た。そして一度日本を離れなければ、この絵にこんなに魅力を感じることはなかっただろうと思い、このままこの作品と別れてしまうのが忍びなくて、ついその場で購入させていただいた。今この小品はドイツの自宅にある。
長尾ふみさんはまだ20代の方で、控えめな人柄だが芯の強さを感じるすてきな女性。これはたまたまトイレを題材にしたものだけれど、何気ない日常の一場面を、ホッパーのように静かな詩情豊かな表現で描く作風が多く、まだ若いのに地に足のついた仕事をされている今後が楽しみな作家さんだと思う。彼女の今年の個展は現在ぎゃらりぃ朋にて8月1日(土)まで開催中。


私達は先日またドイツへ戻ってきたが、帰路のANA機内のトイレでも、色々と驚かせてもらってまた娘と会話が弾んでしまった。彼女は今4歳。外出時にトイレの個室に一緒に入るのもあと何年のことだろう。
近い将来、個室の中で彼女の素朴な質問攻めにあった時のことを、懐かしく甘酸っぱく感じる日も来るのだろうな、とふと思った。



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# by mikimics | 2015-07-26 19:38 | life | Comments(0)

日本語のひきだし

日本に来てから1週間になる。到着後3日目から娘の幼稚園通園も始まり、初日は母子共に緊張したけれど、先生方や園児のみんなも優しく対応してくれて、娘も日々少しずつ慣れて来て嬉しく思っている。
(幼稚園ついてはまた後日改めて書く予定)

ドイツの生活で日常的に娘の口から出ていた独日ミックス文章も、日本到着以降この1週間で徐々に少なくなり、いかに言葉は環境に影響されるものかと思う。今回は夫は同行しないので彼女は日本語漬けの毎日だが、特にそのことが苦になっている様子もない。一人遊び中や歌を口ずさむ時など、素の状態になっている時は、よく独りでドイツ語を話しているけれど、私の家族、友達との会話や幼稚園では日本語だけで彼女なりによくやっていると思う。
彼女の脳内にはドイツ語と日本語の両方のひきだしが並行してあって、それは常に開け閉め自由な状態なのだろう。特にドイツでは開く回数が少なめだった彼女の日本語のひきだしは今は毎日全開で、日々その中身をどんどん増やしている。その吸収力は眩しいほどで、若い細胞って本当に素晴らしいなぁと感動する。


この「日本語のひきだし」ということについて、今回ドイツを発つ前に少し考えさせられる出来事があった。

娘が通うドイツの幼稚園には、他にもう一人独日ダブルの園児がいた。彼は6歳のN君という卒園間近の男の子。日本人のお母さんは彼に日本語で話しかけるけれど、彼の返事はほとんどドイツ語。何を言われているかは理解しているけれど、自分から日本語で話そうとはあまりせず、完璧に頭がドイツ語脳になっている印象だった。私とも「おはよう!げんき?」といった簡単な挨拶はしていたけれど、日本語でおしゃべりをするということはほとんどなかった。
ある日園長先生の退職記念パーティーがあり、園児、保護者、関係者などを含め、100人以上の人が幼稚園の園庭に来ていた。パーティーなので大人も子供も食事をしながら、思い思いの所へ動いていた。するとお母さんを見失ったらしいN君が私の所に来てこう聞いた。

「ぼくのおかあさんがいないの。ぼくのおかあさん、どこ?」

私は彼がこんなにきれいな長い日本語を話すのを初めて聞いたので、逆にそのことに感心してしまった。
そして、こう思った。
その場には彼の仲良しのお友達のお母さん達もいて、日本語よりも得意なドイツ語で質問することもできたのに、彼はわざわざ私の所にやって来た。子供というのは、不安な状況にいる時には自分の母親に近い人の所へ本能的に行くものなのだなと。また彼の中には、きちんと日本語のひきだしがあり、それは普段の生活で必要がない時は閉じているけれど、いざという時にはいつでもすぐに開き、そしてすぐに使える準備が出来ているということを。


この出来事は私を少し勇気付けてくれた。子供の能力を表面だけで判断してはいけない。一見そうとは見えなくても、その子の深層には、しっかりと親から受け継がれたものが宿っているものなのだと。N君の咄嗟の行動が私にそのことを示してくれた。
そして今回日本に来てみて、娘の中にもそれなりに中身のある「日本語のひきだし」が存在することを再確認できた。彼女と過ごしたこれまでの4年と少しの間で、親子で一緒に作ったひきだし。それを信じて今後も頑張ろうと思えるだけでも、このタイミングで日本に帰って来た甲斐はあったと今思う。
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# by mikimics | 2015-07-07 00:33 | language | Comments(0)

言葉で伝えられないもどかしさ

娘は4歳になり言葉もさらに発達してきたが、あきらかに日本語よりもドイツ語の方が流暢になり、その差が開いたことで私達は難しい局面を迎えていることを日々感じている。3歳の頃は両方の言葉の語彙がもっと少なかったこともあってか、ドイツ語と日本語を混ぜて話すことはあまりなかったのだが、最近はそういうことも増えてきた。もちろんそうしたくてやっている訳ではなく、先にドイツ語の単語が口から出てしまって、簡単な日本語をつなぎに付け加えている感じで、その独日ミックス文章を聞くたびに、私が日本語オンリーの文章に訂正して復唱している。日本語担当の母としては、これを気長に続けるしかないと思っている。

さらにごくたまに、母親なのに情けないが娘の言いたいことが本当に理解できないことも出て来た。私は30歳を過ぎてからドイツ語を始めているので、大人の会話では出てこない子供がよく使うドイツ語の単語を意外と知らなかったりする。娘が幼稚園に通園したこの1年で彼女やその友達から学んだ言葉も結構ある。そういう言葉の場合が原因だったり、幼児の話すドイツ語なので、本当に聞き取れないこともたまにあり、そんな時に日本語に訳すこともできない娘は、悲しそうに口をつぐんでしまう瞬間が少し増えてきた気がして、どうにかしなければと思っている。

彼女はストレスがたまると、キー!となって発散するタイプというよりは、自分の中に押し殺して静かに黙ってしまうタイプのようで、日本語で言いたい、でも分からない、そしてドイツ語で言っても通じない時、だんだん悲しくなって「なんでもない」と言ってうつむいてしまう。これは言葉の問題というよりは、母子のコミュニケーションの問題になると思うので、「いいのよ、日本語でなんていうか分からないならドイツ語ではっきり言ってみて。ママはあなたが何を言いたいのかを知りたいから。」と彼女の手を握って何度か試してみるが、「もう、いいの。」と下を向いて言われてしまったりすると、こちらも泣きたくなってくる。言葉が足りなくて、相手に意思を伝えられないもどかしさ、自分がだめな人間に思えて気力を失う辛い気持ちは痛いほど理解できる…


ただ時々、娘はまず頭でドイツ語で考えたことを、彼女なりに日本語に訳して言ってるんだなと、感心することもある。
先日「ママはnachしてね。」と言うので、最初何のことか全然分からず、「なーするってなあに?なーって言うの?」など色々質問した挙句、nachmachen(ナハマッヘン=真似する)して欲しい、「私の真似をしてね。」と言っていたのだと分かった。このnachmachenというのはドイツ語の分離動詞で、文章にする時はnachとmachenで分かれる。「真似して!」というのは「Mach mich nach!」という具合。そしてmachenはとにかく日常会話でよく出てくる英語のdoのような動詞で「する」という意味。この時なるほどと思ったのは、娘は「machen=する」と直訳しており、「nachmachenしてね。」ではなく「nachしてね。」と言っていたのだ。
また英語のhelpと同じく、ドイツ語のhelfenも、「助ける」「手伝う」という意味で使うのだが、時々キッチンに「たすけるよー。」と言いながら娘が入って来るので、ドイツ語から訳して言ってるんだなと感じる。今はまだかわいい感じがするから良いけれど。


日本語世界での経験値がドイツ語世界よりずっと少ない娘にとっては、これは当然の成長過程で、現時点では仕方がないことだと思う。
彼女の日本語社会の場数を増やすために、今月末より日本に飛んで、夏休み前まで実家そばの幼稚園で短期体験させてみることにした。初めてのことなので不安も迷いも大いにあり、どういう経験になるか未知数だが、私達にとって良い転機になれたらと期待している。それについてもまたここで後日書きたいと思う。

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# by mikimics | 2015-06-24 18:00 | language | Comments(0)

Spa, Belgium

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温泉や保養地という意味でよく使われる言葉「スパ」の語源でもあるベルギーの町Spa スパに小旅行した。ここには5年前の冬に夫と二人で来たことがあったが、今回は義父の誕生祝も兼ねて義理の家族と過ごした。ベルギー東部リエージュ州の都市でドイツ寄りに位置しているので、デュッセルドルフから行くと車で1時間半位。人口1万500人ほどのこぢんまりしたかわいらしい町だけれど、古くから療養温泉地として知られており、ロシア皇帝ピョートル大帝が1717年に保養に来て大変気に入ったことでも有名で、各国の王や貴族、著名人が沢山訪れたそう。18~19世紀初頭はリゾート地として栄華を誇った陰りが残っていて、カジノがあったり、ちょっと車を走らせるとアール・ヌーヴォー様式のすてきなお屋敷があちらこちらに見えてくる。ただ現在は残念ながら空家の建物も多くて、今は少し寂れた昔の栄光を感じる温泉街といった雰囲気。

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この一泊旅行は「水テイスティング」の旅だった。市内やそばの自然豊かな森の中に源泉が点在していて、誰でも自由に飲泉所で湧き出る水を飲むことが出来る。それぞれの場所で少しずつ味が違うけれど、総じて炭酸が強く少し硫黄臭がある、とても鉄分の多い水質。もちろん身体にも良く、子宝の水とも言われているとかで5年前訪れた時はそれも少し意識して飲んだ。その効力のおかげか半年後に妊娠できて、今回娘と一緒にまたこの地に来られたことを少し感慨深く思った。源泉はどこもすばらしい建築で装われていて、ありがたいお水をいただく気持ちになる。

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一番有名な町中にある源泉「Pouhon Pierre le Grand ピエール・ル・グラン」

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森の中の源泉「La Source de la Géronstère ジェロンステールの泉」

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森の中の源泉「La Source de Tonnelet トヌレの泉」


このスパの名産品、ベルギー王室御用達でもあるミネラルウォーター「SPA」はヨーロッパでは有名で、目立つデザインのボトルはドイツでも時々お店に出ていて、ベネルクス三国やイギリスなどでは特に人気があるらしい。ただベルギー以外の国では青いボトルの炭酸なしの「Reine レーヌ」しか見かけないのだが、私達は緑のボトルの「Marie Henriette マリー・アンリエット」というすてきな名前の水がとても気に入った。微炭酸でナチュラルな味で美味しい。前回も買って帰ったけれど、今回もスーパーでまとめ買い。

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毎回思うけれど、ベルギーはやっぱり食事が美味しい。フランスとドイツという大国に挟まれそれぞれの影響を受けていて、ベルギー料理は「質はフレンチ、量はジャーマン」という両国の良いとこ取り。ベルギーという国の魅力は私はドイツに住んでから知るようになった。世界的に知られるチョコレートブランドが数多いことでも有名だけれど、スパのような小さな町の通りでも、お菓子屋やチョコレート屋のお店が多いなと思った。そしてドイツとはまた少し違ったかわいらしいディスプレイが新鮮。

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こういう魅力ある小さな町が限りなくあり、気軽に小旅行できるのがヨーロッパの醍醐味だとしみじみ思う。
また前回も今回も泊まったこちらのホテルHôtel Villa des Fleursはとてもお勧めできます。

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# by mikimics | 2015-04-04 19:03 | travel | Comments(0)