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カテゴリ:life with kids( 14 )

日本の小学校体験

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もう今は秋になってしまったが、先日の夏休み、私達は1ヶ月間日本滞在をして、娘も実家近所の公立小学校で、短期体験をさせていただいた。


ドイツの学校は毎年夏休み開始日が少しずつ変わる。また休暇中の渋滞緩和策のため、州によって夏休みの日程も少しずつずれているのだが(これはよくできたシステムだと思う)、今年、私達の住む州は日本の小学校より1週間早く夏休みになることが分かっていたので、学期が終了した翌日にすぐ日本に飛んで、翌週の4日間、実家そばの小学校1年生のクラスに受け入れていただいた

日本に住む方達も皆口をそろえて「今年の暑さは異常だった」と話す2018年の夏、私も実に11年ぶりの真夏の日本、娘にとっては初めて体験する暑さだったけれど、4日間無事に楽しく通学することが出来た。


日本に着いて2日目の夜、明日から学校に通うという日の晩、娘は少しナーバスになっていた。毎年里帰りのたびに日本の幼稚園にも3年通って、この感覚には慣れているはずなのに、1年ぶり、そして今回は小学校ということで緊張しているようだった。


「だって、みんな日本語しか話さないんでしょう?大丈夫かな。」

「でもさ、あなたの好きな手遊び歌の『せっせっせーのよいよいよい』」だって日本の幼稚園で教わったんじゃない。」

「あぁ、そうだったね。」

「楽しいこともいっぱいあったでしょう?」

「うん。そうだ。跳び箱もやったね。フラフープも初めて日本の幼稚園でやった。それからウサギも飼ってたね。」


布団の中で話していたら、色々と思い出して来たようで、少し彼女の気持ちもほぐれて来たようだった。ドイツでの小学校生活も毎日忙しく、表面的には日本での体験を忘れがちだが、彼女の中にはしっかり根付いているんだなと改めて嬉しく感じた。




登校初日は早朝8時前からいきなり気温35度以上の暑さ、学校まで10分歩くだけで全身汗だく、この顔から汗が噴出す感覚は何年ぶりだろう、娘ともただ「あついね~」としか会話が出来ない感じで学校に着くと、事前にずっと連絡させていただいていた副校長先生が校門前で迎えて下さった。


1日目の授業は偶然1時間目から水泳授業。初日から突然のことなので、先生方からは自由参加で良いと言われていて、まだドイツの学校でも水泳授業を経験したことない娘は迷っていたため、参加不参加どちらでも良い準備をしていったが、先生とお会いして「どっちにする?」と改めて聞かれた時に、娘は少し考えて「じゃぁ、やってみる。」と答えた。その時の決意をした彼女の顔は少したくましく見えて、一つ成長を感じた瞬間だった。


結果的には、1年生でまだ泳げない子もいるからか、水遊び的な内容でとても楽しかったようで、水泳は今回1回だけと聞いて残念がるほどだった。学校設置の屋外プールも、夏が日本ほど暑くならないドイツにはないものなので良い経験になっただろうし、また気温35度の炎天下の中、不参加でプールサイドで2時間見学する方が酷なのではと親としては思っていたので、参加して本当に正解だったと思う。


初日は彼女なりにたくさん初体験をして、期待以上に饒舌に色々話してくれた。

うんていを何度もしていたら、手に出来た豆がつぶれ皮が剥けたので、お友達が保健室に連れて行ってくれ、優しい先生に絆創膏を貼ってもらったこと(ドイツの学校には保健室がないので新鮮)、ドイツでいつも使っている筆箱を見てみんなが驚いていたこと、そして「やっぱりドイツってすごいね」と誰かに言われたこと(何を根拠にすごいのか分からない所がさすが1年生でかわいい)、給食がとても美味しかったこと、算数では手を挙げて答えを言ったこと、挙手のやり方が、ドイツと日本で違うこと(ドイツは人差し指を立たせる、日本は5本指をそろえる)、などなど。。。



そして翌日
には少し仲良くなった女の子から、こんなお手紙をもらって来た。こんな風にすぐに仲良くなれる純真な子供達の友情ってすてきだなと思った。大人の世界ではあり得ないこと。この年頃に学校体験させる意義は十分にあると感じた。

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2日目以降も、クラスの皆でどういう遊びをしたら娘が楽しめるか考えてくれたり3日目にはスモールプレゼントを各自娘へ、そして娘もクラスへ用意することに決めて、最終日にはそれぞれ折り紙や手紙を交換し合い、温かい気持ちで体験を終えることが出来た。


娘は私が予想していたよりも、言葉を理解し学校生活を楽しめたようだった。一輪車に挑戦してみたこと、清掃時間に初めて床の雑巾がけをしたこと、今日の給食は少し辛かったこと、給食当番は白衣、帽子、マスクを身に付けて、みんなに食事を分けてくれる、楽しそうで自分もやりたかったこと、など毎日話してくれた。以前「日本語のひきだし」という投稿を書いた時があったが、ドイツにいる時はドイツ語の方が話すのが楽で私にもドイツ語で返してくることが多いため、表面的には日本語を忘れているように見えても、いざ日本語の世界に放り込まれて、話さないといけない環境に置かれれば、脳内の「日本語ひきだし」が瞬時に開いて、自然に言葉が出て来るようだった。



そして私達は色んなことが幸運だったと思う。実家から一番近いこの小学校は、横浜市なのに珍しく1学年1クラスしかない少人数制のアットホームな学校で(両隣の学区は全児童600人以上のマンモス校なので、本当に偶然)、先生方も生徒達も皆とても親切だった。また娘は春生まれで日本の学年では月齢が早い方で、ドイツの小学校で1年生を終了した状態で日本の小学校1年生1学期に入れてもらったので、算数の内容なども彼女にはずっと易しかったらしく、自信を持って参加できたようだった。


た東京都の場合は、娘と同じようなダブルの子供が一時帰国で学校体験を希望するケースがずっと多いらしく、通学自体を断られたり、問題回避のために水泳などの特別授業は参加不可という話も聞いたので、隣の神奈川県でも随分状況が変わるのだなと思った。今後も、娘の意欲が続き、学校も受け入れて下さるのなら、可能な限り毎年体験させてもらえたらと願っている。


日本に行く前は心配だった猛暑は、確かに暑くて大変なこともあった。でも同時に夏ならではの良いことを沢山忘れていた自分にも気が付いた。通学した小学校の校庭で開催された町内会の夏祭りに娘に浴衣を着せて出掛け、ヨーヨー釣りや金魚すくい(本物ではなかったけど)もとても楽しんで、次の日もどうしても行きたいと言い張るので連日出掛けた。花火も各地で沢山見られて、ドイツに戻って来てから書いた絵日記にはまず花火のことを書いていたし、陶芸教室で風鈴を作ったり、行く先々でカキ氷を食べたり、日本の夏でしかできないことを色々経験できた。




里帰り中に人と会う用事は大抵都内だったので、娘にも「こども
suica」を買って、よく一緒に電車に乗った。同時に駅のエスカレーターも毎日のように乗ったので、人は左側に立ち、右側は歩行者のために空けておくルールも自然に覚えて実行していた。

そしてドイツに戻って来て間もなく、一緒にデパートに買い物に行きエスカレーターに乗った時、娘が最初に口にした言葉はこうだった。


「みんなバラバラだね。」


これは名言だと思った。そう、ここは個人主義、多様社会のドイツ。デパート内で日本の駅よりずっと人が少ないのもあったけれど、エスカレーターに乗る人達は、一人で中央に立つ人、おしゃべりしながら二人並んで立っている人達、疲れて段に座っている子供など、本当に様々だった。


ドイツにずっと住んでいたらなんでもない光景も新鮮に感じる体験を私達は毎年しているのだと改めて思った。私達は毎年里帰りをするたびに、二つの国の違い、良さを再確認し、自然と比較している。

そしてその目を娘ももう自然に身に付け始めている。小さい頃からのこの体験を積み重ねて、世界各地の多様な社会、異文化の違いを肯定的に受け入れ、それぞれの良さを尊重できる人間になって欲しいと心から思う。


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by mikimics | 2018-10-15 18:19 | life with kids | Comments(0)

縦割り保育

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「ドイツの幼稚園の先生達はよく座っている」
これが私が娘の幼稚園で感じた第一印象だった。幼稚園の先生といったら、一日子供達のお世話続きで、座る暇もないくらい動き回っているものだと思うが、日本の先生達と比べると随分違う。
もちろん子供達の観察はしていて、危険なことやもめごとなど何かあった場合はすぐに動くけれど、何もない時はよくどっかりと座っていて、子供達と接しながら優雅にお茶を飲んでいることもある。
国民性や働き方の違いもあるだろうけれど、日本の幼稚園しか知らなかった私にとっては結構驚きだった。

でもしばらくしてこれはもしかしたら、「縦割り保育」と関係する所も大きいのではないかと思うようになった。
ドイツの幼稚園は基本縦割りで、同じクラスに3歳から6歳の子供達が混在している。この頃の月齢の差は大きく、3歳と6歳では身体的にも精神的にもできることが随分違う。先生が直接手を貸さなくても、年上の子達が自然に年下の子達を助け、同時に年下の子達も年上の子達から多くを学ぶというナチュラルなサイクルが生まれる。そして先生もあまり身体を動かさずに言葉でそう促すこともできる。年齢別に分けた横割り保育で、3~4歳児だけの年少組と5~6歳児の年長組では先生方の動き方や身体的疲労度もかなり違うと思う。

私も自宅で絵画教室をしている時、毎回5~6名の子供達を相手にしているのだが、例えば参加者全員4歳児の場合と、その中にひとり5歳以上の子がいるのとでは、こちらの接し方も少し変わる。4歳はまだ横について手取り足取り教えてあげなければいけない所があるが、5歳になると、もちろん個人差はあるけれど、言葉で伝えれば大抵理解して自立してやってくれるので結構助かる。
妊婦時代に教室をしていた時も、以前は自分が一人一人子供のそばに行っていたのを、あまり動けなくなり必要に迫られて意識的に身体は動かさずに言葉で説明する方法(自分は動かず子供に動いてもらう)に変えてみた。すると予想以上にそれが上手く行ったので、やり方次第で仕事の疲労度も変わるものだな、と思ったりもした。


3歳4ヶ月で入園した娘は、入園した当初はずっと「はやくおおきくなりたい、はやく4さいになりたい」言っていた。幼稚園に行くようになって、ほとんど自分より年上の園児達の姿を見て、いかに自分が何も出来ず無力なのかを知ったらしい。いきなり劣等感から始まる園生活もどうなのか、と少し心配したけれど、数ヶ月もするとだんだん言わなくなり、自分に合う相手を自然に見つけ対等に楽しむようになった。

年中になって、一番仲良しのお友達が1歳半年上の6歳の女の子になった。彼女の言動はすべて娘の憧れで、その子と仲良くなってから、娘の会話力もぐっと伸びた気がする。同時に言葉遣いやしぐさもその子そっくりになった。子供って少し年上の子供から、手っ取り早く色々なことを吸収するのだなとつくづく思った。

年長になり、年少→年中の進級時より、年中→年長になった時の方が、娘は園内での自分のポジション探しに戸惑っていたように見えた。今までの憧れのお兄さんお姉さんが急にいなくなって、今度は自分がその立場に置かれて、何を目標にしたらいいのか分からないようだった。それについて先生と話した時、「今後の社会ではそういう場面は何度も現れるので、この経験を積むことは大切なことです。」と言われた。
娘のクラスは年長の女子が少なかったのもあり、1つ年下の女の子2人が彼女の大事な友達になり、随分とお姉さんらしい振る舞いをするようになった。一人っ子の彼女は、幼稚園の縦割り教育の中で、妹役になり、姉役にもなり、兄弟姉妹の関係を学ぶ擬似体験をさせてもらえたと思う。


縦割り保育、横割り保育、それぞれに長所短所あると思うし、私には専門的なことは分からないけれど、自分が経験しなかった「縦割り保育」を娘を通じて体験し、良い意味で色々と考えさせられる機会を得られた。

縦割り教育は、集団の多様性を学び受け入れ、その中で自己を発見し形成するトレーニングになるように私には見えた。

個人主義の国ドイツでは、自然な教育方法かも知れない。でも子供の年齢別能力が違うことで集団行動がしにくくなるため、グループ活動が多い日本では広く定着しにくいシステムなのかも知れない。

ドイツは幼稚園は縦割りだが、小学校からは年齢別のクラス分けになる。でもこちらでも例外的にモンテッソーリの小学校は1年生~4年生(ドイツの小学校は4年生制)まで、同じ教室で学ぶ縦割り教育をしている。同じ室内で学習しながら自主性を重んじたカリキュラムが組まれていて、あえてそうされているからには、きっと利点も沢山あるのだと思う。


冒頭の絵は、娘が5歳の時に夏休み明けに久しぶりに会った幼稚園の友達を描いたもの。明らかに年少の子も一緒に自然に描いているのが面白いなと思った。

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by mikimics | 2017-08-09 17:58 | life with kids | Comments(0)

日本の幼稚園体験 3

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今月半ばに娘は無事に幼稚園を卒園した。
そのひと月半ほど前に一時帰国した際、また今年も、一昨年昨年と同様に、実家そばの幼稚園に9日間、体験入園させていただいた。
年少、年中、年長と3年間お世話になった幼稚園は本当に温かい園で、3回目にもなると「おかえりなさ~い!」と先生方もお友達も保護者の方達も、皆様優しく出迎えて下さり、本当にありがたくとても嬉しかった。

ただ今回の体験は、ほぼ「楽しかっただけ」といえる過去2回とは、少し違った意味合いのものになった。それは幼稚園側が変わった訳ではなく、娘の内面の変化によるものだった。
春頃から彼女は少し情緒不安定になっていた。今まで全く平気だったことを不安がったり、小さなことですぐ傷付いてメソメソしたり、登園や習い事を初めて強く拒否したり。。。
6歳になり、卒園プログラムで幼稚園内の雰囲気が変わったり、周囲にもう小学生だねと日々言われ続け、習い事のレベルも以前より難しくなって、卒園と入学に対するプレッシャーで、とても感じやすくなっているように見えた。家にいる時は変わらずのびのびしているのに、外の世界に対して萎縮してしまって、自分でもどうしていいか分からないようだった。
そのタイミングでの日本行きには不安もあったのだが、3週間半、日本の陽気に触れ、家族や懐かしいお友達と再会し、国内旅行もしたことで、結果的には良い気分転換になり、前より元気になってドイツに戻ることが出来た。でも日本の幼稚園でも同じように過敏な反応を示すことがあり、過去2年にはなかった彼女の様子を、先生方には温かく見守っていただいた。


改めて4歳5歳で体験した時の写真を見返してみると、何の悩みもない屈託のない笑顔をしている。6歳になって精神的に成長し、同時に不安、疑念、恐れ、といった繊細な感情も生まれ、ただ始終楽しんで過ごすだけではなくなった。ドイツの幼稚園の先生方にも相談していたが、日本の先生にも話を聞いていただいた。先生方の回答はどちらも似ていたけれど、悩みを母国語で専門家に相談できるってこんなに良いものなのだなと私自身痛感して、とてもありがたかった。分かっていたことだったのに忘れかけていて、ハッとさせられた助言も沢山いただけた。

「感じない子もいますけれど、入学前に不安定になるお子さんは結構いますよ。」
「家ではのびのびしてるって、一番大事なことだと思います。ご両親にしっかり愛されているということですし、家庭が全ての基本ですから。」
「中には外ですごく頑張っちゃって、家でずっと泣いているタイプの子もいたりするんですよ。」
「外で泣けるってある意味良いことですよ。自分の感情を外側に出すことが出来てる訳ですから。それもできないお子さんもいますからね。」
「成長の一過程、一つの壁なんでしょうね。でもこれを越えたらきっと大きな自信につながると思いますよ。」


娘は弱くなる瞬間は毎日何回かあったようだが、毎回長く続く訳ではなく、それ以外の大半の時間は、お友達と仲良く楽しく遊んでいたそうで、特に一人っ子でおとなしいタイプの彼女には、自然とお世話好きなしっかり者の女の子達が常に数人そばについて、あれこれ面倒をみてくれたようだった。ただ年長になると、どうしても同性同士のグループで遊ぶようになるらしく、過去2回は男の子の名前も娘の口からよく聞いたのに、今回はほとんど聞けず、それは少し寂しく感じた。

そしてやはり日本語の成長も著しく見られた。幼稚園はもちろん、祖父母とのやりとり、周囲の人達の会話、テレビから聞こえてくる声、すべてを貪欲に吸収して、滞在3週目は目に見えておしゃべりになった。
また通園時に今までになかった質問をされて、感心したこともたびたびあった。里帰りは年に1度だけで、1年前を思い出して比べることが出来る分、彼女の変化がよく分かる気がした。

「どうして日本の信号には黄色がないの?」(デュッセルドルフは歩行者信号も赤黄青の3色表示(他のドイツの町は赤青の2色)、日本は黄がない代わりに青が点滅する)
「どうしてこんなに日本の歩道はせまいの?」(道路全般、ドイツの方が幅が広い)
「どうして日本の車は運転する所が違うの?」(ドイツは左ハンドル、日本は右ハンドル) などなど…



日本の幼稚園体験 - 3年間で合計30日のことだったけれど、それは確実に娘の幼稚園生活を豊かにしたし、様々なことを比較できて私も学ぶことが多かった。そして子供の内面変化を観察して改めて「3年」という月日の長さを感じた。
もし今年体験できていなかったら、表面的に「楽しい思い出」だけで終わってしまった気がするし、あれこれ悩んだ分、重みが増した最後の年で、色んな意味で彼女の「成長」を感じた3回目の体験だった。


また今回の滞在がきっかけで好きになったものに、フラフープとアクアビーズが挙げられる。
日本の幼稚園の共同おもちゃにフラフープがあり、お友達に誘われて娘は初めてやってみてとても気に入ったので(冒頭の絵はそのことを描いたもの)、こちらに戻ってから買ってあげて、毎日練習しているうちに随分上手になった。誘ってくれたあの子、元気にしてるかしらね?と話したりする。
また、アイロンビーズと違って全て自力で完成できるアクアビーズが娘は好きで、ドイツで普通に買ってやっていたのだが、日本ではもっと安価で種類も多いのを見て驚き、調べてみたら元は日本製のおもちゃだったことを今回初めて知った。(日本の皆さん、アクアビーズはヨーロッパでも人気です!)
幼稚園で仲良くなった子達から、お別れにお手紙や自作のアクアビーズを沢山いただいて、嬉しくかわいく思った。そんな小さな思い出の品々が、ドイツの私達の生活に散りばめられて、いつでも自然に日本に思いを馳せることができる。
来年は小学生だから、夏休みに日本に来られたらまたぜひ遊びましょうよ、と沢山のお友達に声を掛けていただいたので、ご縁を長く続けられるように大切にして行きたいと思う。

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by mikimics | 2017-07-24 17:30 | life with kids | Comments(0)

娘のポスト Letterbox of my daughter

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義理の両親が今年転居したことで、不要になった家具や食器など、我が家に合いそうなものをいくつか受け継いだ。その中にアンティーク風のキャビネットもあったが、特に今使う当てもないので廊下の邪魔にならない所になんとなく置いていたら、いつのまにか娘が私物を入れるようになり、これは自分のポストなのと言い出し始めた。

毎朝起きて彼女の部屋からリビングに来る途中に棚の扉を明け、中を見る。
「きょうもおてがみ、きてなかった。」と毎日言うようになったので、夜のうちにこっそり簡単な手紙を入れておくことにした。

「おはよう!きょうもいちにちがんばってね!」
「きょうはバレエのひ。どんなおどりをするのかな?」
「きょうはすいようび。たのしいいちにちを!」

朝テンションが上がるように、エルサやアナのメモ帳やキティちゃんの便箋で、毎日少しずつ内容を変えて、彼女がなんとか読めるひらがなで書く。

「おてがみ、にほんごでかいてある。にほんのエルザがかいたのかな。こんどにほんにいってディズニーランドにいったら、エルザにてがみくれた?ってきいてみよう。」と言う娘。
5歳なんてまだまだかわいいものだなぁ、と思う。笑。(ちなみにElsaはドイツ語読みでは「エルザ」と発音)

そして今夜もまた違う一言を書いておく。私が書いているとバレないように、時々ドイツ語でも書いてみる。(小文字はまだ読めないので、全部アルファベット大文字で)
いつまでこの不思議な手紙のやりとりが続くことやら…

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by mikimics | 2016-10-04 19:04 | life with kids | Comments(0)

美術館でのキッズ・バースデーパーティー Kids' birthday party at the museum 2

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美術館でのキッズ・バースデーパーティーに昨年初めて娘は参加したが、今年も同じ女の子の6歳のお誕生日会に招待された。その子のご両親は美術館でのお誕生会がよっぽど気に入ったようで、今年はまた別の美術館でのパーティーだった。
今回の美術館は、Hetjens-Museum Düsseldorf ヘッチェンス美術館という旧市街の中にある陶磁器専門コレクションの博物館。子供のお誕生会プログラムは合計2時間で、最初にご両親が用意されたケーキやお菓子を食べてお祝いした後、皆でミュージアムのコレクションを鑑賞し、工房で指導してもらいながら作陶というもの。今回の制作テーマは「Töpfern wie der Griechen! 古代ギリシャ様式のような器を作ろう!」。
この博物館では大人、子供、または家族向けなどの陶芸クラスなども定期的に開催されていて、日本人アーティストによる日本語でのクラスもある。

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博物館入り口

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美しい陶磁器のコレクション

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宴の後。さすが陶磁器博物館なので、子供達もすてきなお皿と器でティータイムを過ごした様子。

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天井の高い明るいアトリエ



デュッセルドルフでは毎年夏に文化局が主催する「Kunstpunkte」というイベントがある。これは市在住の約500人のアーティスト達が各自のアトリエをオープンし、市民が自由に鑑賞できるというもので、来月始めの週末に私も4回目として参加する予定。
作品を生み出す「アトリエ」という場所を開放して人を招いたり、そこで特別な時にパーティーをしたりと、こちらの人達は「制作空間アトリエ」を生活の一部として、そして社会的交流の場として、粋に上手に使うなとよく思う。子供の時からこういう機会が普通にあることも、色々と考えさせられる。


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数週間後に完成して受け取った5歳の娘の初陶芸作品。この夏の良い思い出。

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by mikimics | 2016-08-11 00:29 | life with kids | Comments(0)

日本の幼稚園体験 2

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先月年に一度の里帰りをして、5歳の娘は今年も昨年お世話になった実家そばの幼稚園に11日間通わせていただいた。全てが初めてだった昨年と比べると、二度目の今年は親子共に自然に幼稚園生活に入ることが出来て今回も有意義な時間を過ごすことができた。
昨年年少クラスで出会ったお友達と一年ぶりの再会。また同じ「もも組」の年中クラスに入れていただいて、娘もお友達もお互いに憶えていて、今回は溶け込むのが早かった。3~4歳だった子供達と一年後に再会するというのは大人にとっても嬉しいことで、「うわぁ、大きくなったね~!」と私も他の子供達の成長振りに感動した。

登園初日は偶然いきなり防災訓練だった。事前にそのことは聞いていたし、危機管理の全くないドイツの幼稚園から来た娘には突然のことで刺激が強いかなと少し心配したけれど、それは大変日本的なものだし、天災を知りどう対処するかを学ぶことも大切なことだと思ったので、前日に地震が来た時の練習だよと娘に教えて参加させた。また園長先生から電話で初めて防災訓練のお話をうかがった時、すっかりそういうことを忘れていた自分にも気が付いた。ドイツに住んで9年、天災の心配がほどんどない国にいると防災の感覚が薄れてしまう。ドイツでたまに映る日本のニュースは、地震、津波、台風など自然災害に関したものばかりで(もちろん他に原発関連報道もあるけれど)、極東の気の毒な島国に見えてくる。日本人の仕事の速さや勤勉さはこの危機管理の精神に影響している所が大きいのだろうなと思う。「防災訓練」という言葉だけで色々なことを思い出し、考え、ぜひ娘にも経験して欲しいと思った。
帰宅して「今日はどんな練習をしたの?」と娘に聞くと、「じしんがきたらこうやるんだよ。」としゃがんで頭を両腕で守るしぐさをした。「そう、大事なことを教えてもらったね。」 そして貸していただいた防災頭巾がえらく気に入ったようで、降園後もずっと被っていた。私達親や本から教わったことではなく、幼稚園のお友達と大勢で一緒に練習した経験は、きっと彼女の中に強く残ったのではないかと思う。

年中になるとお友達との関係もより深くなり、誰と何をして遊んだ、誰が何を言った、など幼稚園での出来事を、前回より具体的に帰宅後も報告するようになった。それぞれより個性がはっきりして来たようで、私も昨年よりお友達個人のことが色々と想像できるようになった。
通園2週目になると幼稚園で覚えてきた歌を、急に家でもどんどん歌うようになった。「お寺の和尚さんが~」「アルプス一万尺~」などの手遊び歌をやりたがり、私も子供の時にやったけれどほとんど忘れていたし、昔とは歌詞も変わっているようなので、先生にお願いしてお手本の動画を撮らせていただき、それを見ながら練習した。ドイツに戻ってきてからも忘れないように時々見返しているので、おかげで随分上手くなった。こうやって遊びながら歌いながら身体全体で言葉を身に付けて行くのだなと改めて感心した。

最終日にはクラスの皆が娘を描いてくれた絵と先生方の丁寧なコメントを集めたすてきな冊子をプレゼントしていただいた。昨年もお世話になった担任の先生の「今回はすぐに皆と仲良くなれて、離れていても『もも組』の仲間なんだなと思いました。」というお言葉が嬉しかった。また園での様子を撮った写真も沢山下さった。こういう日本的なきめ細やかな対応にはつくづく感動してしまう。基本的に個人主義のドイツの幼稚園では、こんな風に皆で何かを一緒にやってプレゼントするということはほとんどない。(でももちろんまた別の良い所もあるので、それについてはまたいつかの機会に書きたいと思う。)


今回ドイツに戻って来てから、娘は私に「にほんはいまなんじ?」とよく質問するようになった。5歳になって「時差」という概念が理解できるようになったということと、遠く離れた日本という国には自分の家族や友達がいて、彼らは自分が住むドイツとは違う時間帯の中で生活しているということが想像できるようになったのではないかと思う。これは彼女の中での一つの変化で、日本滞在での言語習得以外の大きな収穫のような気がする。朝8時頃に朝食を食べながら、「日本は今午後の3時だから、みんな幼稚園が終わってお家に帰ったころかな。」と話したりする。
今回二度目の日本の幼稚園体験をさせていただいて、同じ場所で同じ行動をしても、子供の月齢によってそれはまた違った経験になるということを私も学んだ。本当に良い幼稚園とご縁が出来たので、可能な限り来年も年長クラスでお世話になりたいと思う。

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年長クラスの野菜栽培の様子


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by mikimics | 2016-07-13 17:02 | life with kids | Comments(0)

夫不在の週末に感じたこと

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先日夫が仕事&プライベートの用事で4日間不在の日があり、週末を娘と2人で過ごした。
木曜日に今日から日曜日まで夫がいないのかと思いながら買い物に行くと、つい自然と日本食スーパーに足が向いた。デュッセルドルフは日本人が約7,000人も住んでいるので、和食レストランはもちろんスーパーも充実していて、日本のパン屋まである日本人にとってはありがたい町。娘が好きなアンパンやクリームパンも買って家に着くと、なんだかこれから誰か日本人と一緒に家で過ごすような気持ちに自分がなっていることに気が付いた。夫も日本語堪能で食事も何でも食べるので、もともと我が家で私は和食を作ることの方が多いのだけれど、娘と2人だけと思うとやっぱりどこか普段とは違う気兼ねなさを感じた。

娘と一緒にお団子を作って、みたらしたれやきな粉をかけて食べたり、煮豆、おうどん、おもちなど彼女が好きな和食三昧の週末。お手紙交換に興味を持ち出した月齢で、ひらがなで一生懸命書いた手紙を何枚も私にくれた。家の中で何か音楽をかけようと思い「ドイツ語と日本語の歌、どっちがいい?」と娘に聞くと、「いまはままとふたりでにほんごはなしてるから、にほんごがいい。」と言ってくれて、なんだか嬉しかった。まだまだ手の掛かる4歳児なので、ずっと楽しい時間だけだった訳ではもちろんないけれど(苦笑)、私達はほっこりした日本的週末を過ごした。

もう8年になるドイツでの生活は基本的に快適で、ドイツの習慣も食事ももう慣れているし特に不自由を感じることもない。でも時々やっぱり自分はどこまで行っても日本人だなと感じる瞬間がある。
娘の言葉は相変わらずドイツ語の方がずっと流暢で、日本語を話す時には時々ドイツ語が混ざるけれど、会話もかなり上達して来たし、日本語でヒアリングしたことを他人に説明することも随分上手になった。私との会話もこれまでもこれからもずっと可能な限り日本語のみでやっていく。

今回久しぶりに彼女と2人だけで数日過ごしてみて、ただ単に母と娘という関係だけでなく、日本人の私が外国人として今後もヨーロッパで年齢を重ねていく上で、この子の存在は私の中で年々大きな心の支えになっていくのだろうなという予感が頭をよぎった。今後彼女の成長の過程で私達は難しい時期を迎えることも増えるだろうけれど、将来この子に自分がどれだけ癒され救われるかが想像できる気がして、我が家の子供として生まれてきてくれ、小さなドイツ人、そして日本人として育ってくれていることに心から感謝しなければと改めて思った。



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by mikimics | 2015-11-03 19:25 | life with kids | Comments(0)

美術館でのキッズ・バースデーパーティー Kids' birthday party at the museum 1

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ドイツに住んでいて日々感じるのは「誕生日」の大切さ。これはもう「誕生日文化」と言えるもので、誕生日当日は本人が友人を招待したり、自らケーキを焼いて職場や学校に持参して周囲に祝ってもらう習慣がある。娘が入園して初めての誕生日では、クラス全員21人分のケーキを2種類用意して幼稚園に持参したので、私達両親にとってもかなり一大仕事だった。でも当日は先生方一人一人が個人的に娘の所に来て、握手をしながら丁寧にお祝いの言葉を掛けてくれたり、一日中今日の主役のように皆に扱ってもらって、それはそれですてきなことだなと思った。

子供のお誕生会も家の中でパーティーすることも多いけれど、屋内遊技場で一日過ごしたり、小さな農場でポニーに乗ったり、ボーリングをしたり、皆で一緒にお料理したり、スタジオでお皿の絵付けをしたり、と特別な場所でスポーツや文化的なことと結び付けて祝うことも結構ある。そして娘は夏休み前に初めて美術館でのバースデーパーティーに招待された。
その日の主役の女の子は5歳で娘より1学年上。来ていたお友達はほとんど同じ幼稚園の子供達だが、ドイツの幼稚園はクラスが縦割り構成で年長から年少の子供が同じ組に混在しているので、他にも6歳~4歳の子がいて4歳2ヶ月の娘は最年少の参加者。美術作品の中での誕生会、正直どこまで彼女が理解できるのかなと、最初は私も半信半疑だった。

美術館が企画した年齢別の子供向けのお誕生日会プログラムというのがいくつかあり、今回の内容は、前半1時間は作品鑑賞(常設展示品の中から中世~近代~現代の作品、平面・立体・ビデオアートなど多岐に富んだチョイス)、途中主役の子のご両親が用意したケーキを食べながら休憩、そして後半は皆で絵具にまみれて作品制作、合計3時間という盛り沢山なプログラムだった。親は同席する必要はなかったのだけれど、私はどんなものか興味があったので前半だけ見学させてもらった。

作品鑑賞では、ガイドの女性が作品を説明しながら子供向けの質問をする。大体発言するのは5歳以上のいつも同じ数人の子供達で、思わず感心してしまうような面白い意見も多かった。もともとシャイなタイプの娘は一言も発言することはなかったけれど、端で見ていても参加している感じはした。絵を観るポイントを教えてもらって、他の子の意見の述べ方を聞いて学んで、いつかの機会に活かせるようになるのかも知れない。

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ルネッサンス期のイタリア宗教画を鑑賞。それぞれの人物のしぐさについて討論。

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日本の根付コレクションの部屋で古い日本の寓話を聴きながら、様々なフィギュアを観察。

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天井に設置されたNam June Paik ナムジュン・パイクのビデオワークを寝そべりながら鑑賞。


ケーキ休憩の時に、ガイドの女性と色々話した。「平日の昼間は子供向けのプログラムが多く、常にここには子供も大勢来てるわ。そしてこうやって様々な年代の鑑賞者が来ることで、美術館も活性化されて、より意義があるものになって行くと思うの。私は大学で美術史を学んで、最初は大人相手のガイドをしていたけれど、子供もやるようになったら毎回予想外のことが起こって面白くて、今は子供相手の仕事が多いわ。」と言っていた。自分も一緒に楽しんでいるのが伝わって来て好感を持った。
後半はアートな雰囲気が漂う広いアトリエで、思いっきり制作させてもらってどの子供もいきいきしていた。
迎えに行った時、娘も十分満足した良い顔をしていた。

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そして6週間後、夏休み明けに招待して下さったご両親から、楽しそうな写真と共に娘の作品を受け取った。こうしてその日の思い出を凝縮した作品が残るというのは、予想してはいたけれど改めて良いものだなと思った。娘がいたから私も体験できた特別なパーティーだった。

以下、何枚か受け取った中から娘の作品2点。
1点目の2つのハートの水彩画は、ハートの中の黄色くキラキラしている所について、「まほうのこな、かけたんだよ。」と娘は言っているので、何か化学反応で色を変化させる技法を教わったらしい。さすが美術館、良い紙使ってきれいな仕上がり。娘の部屋に合いそうなので額装してあげようと思っている。
2点目は50x70cmの激しい大作。小さい身体の彼女にとってこの紙の大きさは、きっと私達が感じる倍くらいに見えているのではないか。そしてこれだけ絵具を塗りたくった後には、きっと何らかの達成感が娘の中に残ったのではないかと嬉しく思う。

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今回のお誕生日会はMuseum Kunstpalast クンスト・パラスト美術館の企画。
キッズ・バースデーパーティーの情報はこちらにあります。


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by mikimics | 2015-08-27 06:17 | life with kids | Comments(0)

日本の幼稚園体験 1

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今月実家近くのある幼稚園で、私達は初めて日本の幼稚園体験をさせていただいた。10日間という短い期間だったけれど、その間娘は一度も行きたくないと言わず、一日も休まずに元気に楽しく通うことが出来て本当に良かった。私も保護者として初体験だった日本の幼稚園。母娘共に新鮮な気持ちで多くのことを学べた貴重な濃密な日々となった。

日本語のヒアリングは問題ないと思うし、ドイツで日本人のお友達と遊ぶのにも慣れていたので、娘を日本人だけの場所に入れることについては、特に心配はしていなかった。最初は教室の中で随分緊張していたみたいだけれど、次第に皆の輪に入るようになり、2日目からは「いっしょにあそぼ。」と声を掛けてくれるお友達も出てきて、自由に自分で動くようになったらしい。

馴染んで来たのだなと私も感じたのは3日目のこと。その晩家の中で、娘が何か面白いことを思い出すかのような目をしながら「おはようございます!」と言っていた。「それ、幼稚園で毎朝言うの?」と聞くと、「あのね、おとうばんがね、さいしょに『おはようごさいます』っていうの。それでこんどはみんなが『おはようごさいます』っていうんだよ。」と私に説明した。彼女の口から「お当番」という言葉を聞いたのは初めてのことで、日本の教育体験をしているなと感じた。

この「当番制」というのはとても日本的だと思う。そういうシステムはもちろんドイツにもないことはないけれど基本的に個人主義のお国柄なので、幼稚園のうちから日々そうして何かの仕事を子供達に義務付けるということはあまりない。
今回の日本の幼稚園では、登園時に門の所で当番の年長の子供が数人待っていて、年少のお友達が来ると手を引いて園舎へと連れて行ってくれた。この光景も私には新鮮だった。しかも雨の日はタオルを持って、レインコートやかばんを拭いてくれる。まだ梅雨の季節だったので登園初日も雨だったのだが、「ぬれていませんか?」と言って年長の子が娘のリュックサックを拭いて出迎えてくれたのには、私も驚いてしまった。
こうやって小さいうちから、思いやりやおもてなしの精神を養っているのね…と感心すると同時に、こんな教育ができるのは日本だけかもしれないと思った。

ドイツの幼稚園では、朝登園したら園児は先生達一人一人と握手をして挨拶を交わすけれど、皆で一緒に「Guten Morgen!」ということはまずない。そして全員で共に行動することももちろんあるが、自然に出来た数人のグループでそれぞれの好きなことをする時間が一番長い気がする。ここからしてもう個人主義。それに対して日本の幼稚園は、個人の自由遊び時間と並行して、朝の挨拶したり、全員で歌を歌ったり、帰りの会をしたり「皆で一緒」に何かをする時間を要所要所で設けているように見える。娘はその違いを違和感というよりは未体験の面白いこととして受け取っていたようだ。


4日目の夜、布団の中でなかなか寝付けない娘と、ドイツと日本のそれぞれの幼稚園について話した。「日本の幼稚園にはとてもかわいいウサギがいる」「でもドイツの幼稚園には体操のお部屋があって、それが好き」などなど。そして「どっちもちょっとちがうけど、どっちもたのしい。」と彼女は言った。
それを聞いて、私が娘に体験してもらいたかったことはこれだったのかも知れないと思った。
言葉の習得が目的だけれど、それよりももっと大切なこと - 異文化を知りその多様性を受け入れること。それぞれの国のやり方を尊重して、その長所や違いを理解すること。娘に対して常々思うのは、どこでもやって行ける子に育って欲しいということなので、この体験がその素地を築くための一部分となれたらとても嬉しい。

そしてもちろん言葉の習得に関しても大きな進歩があった。娘は幼稚園で学んだ手遊び歌もいくつか家で歌うようになり、こんな風にすぐに記憶して再現できるその吸収力に感心した。滞在3週目には目に見えておしゃべりになり、一日中日本語で話していた。以前のブログに書いた、一月前に日本語で話したいけれど話せないジレンマを抱えた同じ子供とは思えないほどだった。滞在前はドイツ語の文章に簡単な日本語を入れる独日ミックス文章をよく話していたのに、ドイツに戻ってきた今はその逆の現象(日独ミックス文章)になっていて、またすぐに逆転するのは分かっているけれど、私としてはちょっと嬉しい。
日本での日々は正に日常のような非日常だったのだが、時々ずっと前からこうしているような不思議な感覚にもとらわれた。夕方のNHK子供番組を喜々として見続ける娘を見て、このまま半年もここにいたら、この子もすっかり日本の子供になるんだろうなと思ったりもした。


今回お世話になった幼稚園は、先生方も保護者も園児達も皆大変親切で、とても良い所だった。お別れに先生からすてきなプレゼント - 最終日のクラス写真と共に、先生と保護者の皆様一人一人からの寄せ書き - をいただいた。私達にとってこの夏の楽しい日本の思い出となった贈り物、娘も帰宅してから夫に「これ、にほんのおともだち。」と自慢気に見せていた。
「来年も待ってるね!」と大勢の方に声を掛けていただけたのがとても嬉しかったので、年中も年長も体験できるように再度計画したいと思っている。

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by mikimics | 2015-07-31 17:26 | life with kids | Comments(0)

Tagesmutter 保育ママ

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幼稚園入園前の1年半の間、私達は娘を週3日、Tagesmutter(保育ママ)に預けていた。このシステムはドイツではかなり普及されているもので、日本でも最近少しずつ広まって来ていると聞いている。Tagesmutter(「ターゲス・ムッター」と発音、昼間のママという意味。Tagesvater ターゲス・ファーター(保育パパ)ももちろんいる)とは、市の研修を受け資格を取得した人が自宅で3歳以下の子供を最大5人まで1度に預かる制度で(人数は預かる場所の広さによる)、日本同様ドイツにもある保育施設不足による待機児童問題などの緩和策の一つとして、利用者はかなり多い。

2012年末、娘が1歳8ヶ月になる頃、そろそろ娘の託児を始めようかと夫と相談した。私も少しずつ仕事を再開したいし、少々シャイな性格の娘にも社会性を持たせたい、でも私の仕事はフリーだし3歳まではできるだけ娘との時間も大切にしたいので週5日託児は多すぎる、という我々の希望を満たすのは保育園ではなく、Tagesmutterが良いだろうと考えた。そして何より日本ではまだ身近でないこのシステムを私が体験してみたかった。結果としてこの選択は我が家には正解だったと思う。私達は幸運にもとても良いTagesmutterと出会うことが出来たし、保育園よりもずっと家庭的で親身なケアを娘は彼女から受けることが出来た。3歳までの他人との信頼関係を育む大切な時期に、娘にたくさんの愛情を注いでもらって本当に感謝している。


我が家がお世話になったTagesmutter(Bさん)ついて少し書きたい。

私達は市のJugentamt(児童福祉局)内にある紹介所に登録し、Bさんを紹介してもらった。彼女は私より少し年下、未婚で出産経験もなく転職して資格を取ったばかりで、これから新しくTagesmutterを始めるという人だったので、その点が私達は最初は気になった。でも逆にそれだけにフレッシュでやる気があり、外国人新米ママの私の話も謙虚によく聞いてくれ、フレキシブルに対応してくれる印象を持った。彼女自身5人兄弟の末っ子、気さくで話しやすく、見るからに子供好きでまた子供からも好かれる雰囲気があり、頼りになるベテランではないけれど、一緒に相談しながらやって行けそうな気がした。そして子供達が自由に集う場所になるようにという構想を持って、数年前に中古で購入し自分で思い通りにリフォームした大きな庭のある家、彼女の愛情があらゆる所から感じられる、居心地の良いその場所を私達はすぐに気に入った。娘はここでこの人ときっと楽しく過ごせるだろうと、親としての直感があった。

そして2013年1月から、うちの娘と少し年下のドイツ人の女の子2人が彼女にとっての最初のTageskinder(昼間の子供)になった。それについては私は少し思う所があった。というのは私がドイツに来て間もなく自宅で絵画教室を始めた時、ドイツ人と日本人の男の子が2人最初に来てくれた。その後は口コミなどでどんどん生徒数が増えて行き、どの子供達も変わりなくかわいかったが、この2人は最後まで私にとって少し特別な存在だった。見ず知らずの私の所に子供を行かせようとよく決心して下さったと彼らの親にもずっと感謝の気持ちを持っていた。きっとBさんも最初の子供となる娘達に対しても、そういう感情を持って大切に接してくれるのではないかと想像した。「最初の子供」になるチャンスは1度しかないのだから、それに賭けてみようと思った。

Bさんの一日。7時~9時までの間に子供を預かり、必要な子には朝食をあげ、午前中お天気が良い日は近所の公園か自宅の庭で子供達を遊ばせ、12時に昼食を作り食べさせる。午後は13時から1~2時間のお昼寝タイム、起きた後はお菓子タイム、15時~16時に子供達お迎え。子供と遊びながら常に平行して4~5人の子供のオムツ替えやトイレの世話もあり忙しい中、携帯で撮った画像を毎日たくさん私達保護者に送ってくれた。子供がどんな風に過ごしているか親としては姿を見たいもので、その親心を汲んだ彼女の個人的サービスは、本当にありがたかった。

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またこのTagesmutterシステムで感心したことがいくつかあった。

市からの補助金について
行政の育児支援として、各家庭のTagesmutterへの費用に市から援助金が出る。その金額は両親の収入によって変わるので、まず両親の就労時間や収入金額などを書類で提出するのだが、我が家の場合は、夫は会社員なので会社を通じて書類を提出できるが、私は自由業で安定していないので書類が作成できない。なので私はこれまでして来た仕事の経歴と今後の予定などの個人的手紙を書き、ダメ元で児童福祉局に提出した。するとなんと我が家は全体で約3分1ほどの援助金が受け取れることになり、その通知が市から届いた時はドイツってすごいな~とただ感動した。そしてデュッセルドルフ市も応援してくれているんだから、もっと制作に励もうと素直に思えた。

代理システムについて
Tagesmutterが急に病気や何かの事情で仕事が出来なくなった時、代理で引き受けてくれるTagesmutterがまた別にいる。具体的に書くと、Bさんが登録している地区には計10人のTagesmutterがいるが、他に1人常時代理としてスタンバイしている。この地区の代理人はたまたまTagesvaterだったのだが、非常時でない普段は彼は定期的に10人のTagesmutterの所を訪れ、地区内の全員の子供と触れ合う。そうしておけば子供も急に知らない人の所へ預けられるということにはならないのである。娘がお世話になったBさんの所にも月に2回は来て子供達と遊んでくれていたので、娘も彼の名前をちゃんと憶えていた。これは本当にすばらしいシステムだと思う。

市の定期検査について
市の管理者が定期的(3ヶ月に1度位)にTagesmutterの家に点検に周り、安全面や仕事ぶりをチェックし、改善すべき問題点を指摘する。そして抜き打ちで保護者にも直接連絡をし、Tagesmutterについての意見や感想を調査する。突然家に電話が掛かって来た日は驚いたけれど、私達はBさんに満足していたので、できるだけ彼女のことを褒め、少し娘のことなども話した。担当の方は「お宅のお嬢さんにも何度か会いましたが、最初の頃と比べると随分しっかりして成長されましたね。幼稚園に上がるための良い経験を積んだと思いますよ。」と私達のこともよく憶えていてくれて、きめ細かい配慮に好感を持った。



Bさんの家での最後の託児日は、入園を心待ちにする半面、私達両親も1年半通ったこの家に来週からはもう来ないのかと思うと、少し寂しい気分でもあった。そしてBさんはお別れに娘にこんな素敵な手作りのバックと、彼女の家で楽しんでいる娘の写真をたくさん貼ったお手紙をプレゼントしてくれた。娘はこのバックを持って毎日元気に幼稚園に行っている。Bさんは私達にとって、初めて家族以外で信頼して娘を預けた人で、彼女との出会いは私のドイツ人生においても特別なものとなった。つい最近も彼女の提案でBさんの家を卒業した子供達と家族をお茶に招待していただき、久しぶりに懐かしい場所、仲間に会うことができ、娘もとても喜んでいた。今後もBさんには娘の成長を定期的に伝え、長く付き合っていきたいと思っている。Tagesmutterと相手の家庭との相性もあると思うが、3歳以下の子供の託児で愛情あふれる家庭的なケアを求めている方には、私はぜひお勧めしたい制度である。


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by mikimics | 2014-11-21 19:03 | life with kids | Comments(6)