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日本の幼稚園体験 3

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今月半ばに娘は無事に幼稚園を卒園した。
そのひと月半ほど前に一時帰国した際、また今年も、一昨年昨年と同様に、実家そばの幼稚園に9日間、体験入園させていただいた。
年少、年中、年長と3年間お世話になった幼稚園は本当に温かい園で、3回目にもなると「おかえりなさ~い!」と先生方もお友達も保護者の方達も、皆様優しく出迎えて下さり、本当にありがたくとても嬉しかった。

ただ今回の体験は、ほぼ「楽しかっただけ」といえる過去2回とは、少し違った意味合いのものになった。それは幼稚園側が変わった訳ではなく、娘の内面の変化によるものだった。
春頃から彼女は少し情緒不安定になっていた。今まで全く平気だったことを不安がったり、小さなことですぐ傷付いてメソメソしたり、登園や習い事を初めて強く拒否したり。。。
6歳になり、卒園プログラムで幼稚園内の雰囲気が変わったり、周囲にもう小学生だねと日々言われ続け、習い事のレベルも以前より難しくなって、卒園と入学に対するプレッシャーで、とても感じやすくなっているように見えた。家にいる時は変わらずのびのびしているのに、外の世界に対して萎縮してしまって、自分でもどうしていいか分からないようだった。
そのタイミングでの日本行きには不安もあったのだが、3週間半、日本の陽気に触れ、家族や懐かしいお友達と再会し、国内旅行もしたことで、結果的には良い気分転換になり、前より元気になってドイツに戻ることが出来た。でも日本の幼稚園でも同じように過敏な反応を示すことがあり、過去2年にはなかった彼女の様子を、先生方には温かく見守っていただいた。


改めて4歳5歳で体験した時の写真を見返してみると、何の悩みもない屈託のない笑顔をしている。6歳になって精神的に成長し、同時に不安、疑念、恐れ、といった繊細な感情も生まれ、ただ始終楽しんで過ごすだけではなくなった。ドイツの幼稚園の先生方にも相談していたが、日本の先生にも話を聞いていただいた。先生方の回答はどちらも似ていたけれど、悩みを母国語で専門家に相談できるってこんなに良いものなのだなと私自身痛感して、とてもありがたかった。分かっていたことだったのに忘れかけていて、ハッとさせられた助言も沢山いただけた。

「感じない子もいますけれど、入学前に不安定になるお子さんは結構いますよ。」
「家ではのびのびしてるって、一番大事なことだと思います。ご両親にしっかり愛されているということですし、家庭が全ての基本ですから。」
「中には外ですごく頑張っちゃって、家でずっと泣いているタイプの子もいたりするんですよ。」
「外で泣けるってある意味良いことですよ。自分の感情を外側に出すことが出来てる訳ですから。それもできないお子さんもいますからね。」
「成長の一過程、一つの壁なんでしょうね。でもこれを越えたらきっと大きな自信につながると思いますよ。」


娘は弱くなる瞬間は毎日何回かあったようだが、毎回長く続く訳ではなく、それ以外の大半の時間は、お友達と仲良く楽しく遊んでいたそうで、特に一人っ子でおとなしいタイプの彼女には、自然とお世話好きなしっかり者の女の子達が常に数人そばについて、あれこれ面倒をみてくれたようだった。ただ年長になると、どうしても同性同士のグループで遊ぶようになるらしく、過去2回は男の子の名前も娘の口からよく聞いたのに、今回はほとんど聞けず、それは少し寂しく感じた。

そしてやはり日本語の成長も著しく見られた。幼稚園はもちろん、祖父母とのやりとり、周囲の人達の会話、テレビから聞こえてくる声、すべてを貪欲に吸収して、滞在3週目は目に見えておしゃべりになった。
また通園時に今までになかった質問をされて、感心したこともたびたびあった。里帰りは年に1度だけで、1年前を思い出して比べることが出来る分、彼女の変化がよく分かる気がした。

「どうして日本の信号には黄色がないの?」(デュッセルドルフは歩行者信号も赤黄青の3色表示(他のドイツの町は赤青の2色)、日本は黄がない代わりに青が点滅する)
「どうしてこんなに日本の歩道はせまいの?」(道路全般、ドイツの方が幅が広い)
「どうして日本の車は運転する所が違うの?」(ドイツは左ハンドル、日本は右ハンドル) などなど…



日本の幼稚園体験 - 3年間で合計30日のことだったけれど、それは確実に娘の幼稚園生活を豊かにしたし、様々なことを比較できて私も学ぶことが多かった。そして子供の内面変化を観察して改めて「3年」という月日の長さを感じた。
もし今年体験できていなかったら、表面的に「楽しい思い出」だけで終わってしまった気がするし、あれこれ悩んだ分、重みが増した最後の年で、色んな意味で彼女の「成長」を感じた3回目の体験だった。


また今回の滞在がきっかけで好きになったものに、フラフープとアクアビーズが挙げられる。
日本の幼稚園の共同おもちゃにフラフープがあり、お友達に誘われて娘は初めてやってみてとても気に入ったので(冒頭の絵はそのことを描いたもの)、こちらに戻ってから買ってあげて、毎日練習しているうちに随分上手になった。誘ってくれたあの子、元気にしてるかしらね?と話したりする。
また、アイロンビーズと違って全て自力で完成できるアクアビーズが娘は好きで、ドイツで普通に買ってやっていたのだが、日本ではもっと安価で種類も多いのを見て驚き、調べてみたら元は日本製のおもちゃだったことを今回初めて知った。(日本の皆さん、アクアビーズはヨーロッパでも人気です!)
幼稚園で仲良くなった子達から、お別れにお手紙や自作のアクアビーズを沢山いただいて、嬉しくかわいく思った。そんな小さな思い出の品々が、ドイツの私達の生活に散りばめられて、いつでも自然に日本に思いを馳せることができる。
来年は小学生だから、夏休みに日本に来られたらまたぜひ遊びましょうよ、と沢山のお友達に声を掛けていただいたので、ご縁を長く続けられるように大切にして行きたいと思う。

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by mikimics | 2017-07-24 17:30 | life with kids | Comments(0)

„篠田桃紅 昔日の彼方に” 菊池寛実記念 智美術館, Tokyo

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随分前のことになってしまったが、先日日本滞在した際に、今回初めて訪れた東京の智美術館 Musee Tomoでの展示について。

現代陶芸のコレクター菊池智氏のコレクションを公開している、2003年東京・虎ノ門に開館した美術館。
初夏のようにさわやかな5月末の日、普段滅多に降りない溜池山王駅から徒歩で向う道は思いのほか緑が多く、お散歩気分で退屈せずに美術館に到着した。

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篠田桃紅 昔日の彼方に
和紙に墨という日本的画材を用いながら世界的に活躍される篠田桃紅氏 Toko Shinoda (1913-)の作品は各所で見かけていたけれど、個展という形でじっくり観たことはなかったし、今年104歳を迎えられた氏の2016、2017年の最新作も展示されるということで、興味を持って出掛けた。

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初期の頃の書の作品から、抽象化していった代表的な仕事、最新作まで計46点。
ほとんどは和紙に墨で描かれた作品、リトグラフに手彩色も少々。線と面のシンプルな構成に、「夢」「夜明け」「みなぎる朱」「雪月花」「響」など、いつも短いひと言のタイトルがつけられていて、無駄をそぎ落とした表現から凛とした強さが伝わってくる。
伸びやかな筆や刷毛の仕事は、時に優しく、激しく、潔くて、語りかけるような繊細な書から、大胆でダイナミックな大作まで。使われている色は墨、朱、胡粉、金、銀のみといった限られたものなのに、とても表現の幅が広くて、毎回その作品の世界に引き込まれた。

そして普段は陶芸の立体作品を展示している美術館なので、普通の平面展示とは違ったプレゼンテーション方法がとても印象的だった。白い壁は一切なく、深緑、濃紺、深紅といった濃色の背景に、篠田氏の白と黒の作品は却ってとても際立って見えた。壁掛けだけでなく、展示台の上に斜めに置かれた作品も多くあり、スポットライトの当て方も効果的で、透ける布オーガンジーを使っての間仕切りの方法など、舞台芸術を見ているような気持ちになった。



展覧会を観て一月以上経った今も、地階の入り口から受付を通り、地下の展示室に向かう螺旋階段を降りた時のことを思い出す。ガラス製の手すり(これも作家作品(横山尚人氏)のもの)が下に向かって展示会場に誘うように美しく曲線を描き、これからどんな世界が待っているのかと期待させられた。
個人的には美術館は自然光が感じられる建物の方が好きなのだけれど、ここの地下の会場は内装もとても凝っており隅々までこだわりが感じられて、とても記憶に残るものだった。素敵な美術館を新しく知ることが出来たのは、今回の日本滞在の収穫の一つとなった。

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美術館エントランス扉 内側から


実家にたまたま篠田氏の著書「一〇三歳になってわかったこと」(すごいタイトル!)があったので、ドイツに持って来て、今読んでいる。103歳の方の人生哲学を聞くことも滅多にないことで、人生を俯瞰した視点、達観された意見を淡々と述べられている文章は分かりやすく、きっと今後も何度も読み返すことになると思う。
中でもこのくだりには救われる気持ちになった。


„私の日々も、無駄の中にうずもれているようなものです。毎日、毎日、紙を無駄にして描いています。時間も無駄にしています。しかし、それは無駄だったのではないかもしれません。最初から完成形の絵なんて描けませんから、どの時間が無駄で、どの時間が無駄ではなかったのか、分けることはできません。なにも意識せず無為にしていた時間が、生きているのかも知れません。
つまらないものを買ってしまった。ああ無駄遣いをしてしまった。
そういうときは、私は後悔しないようにしています。無駄はよくなる必然だと思っています。”


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美術館入り口正面にある常設展示 篠田桃紅「ある女主人の肖像」(1988)


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by mikimics | 2017-07-17 08:10 | museum | Comments(0)