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カテゴリ:work( 7 )

Kunstpunkte -Open Ateliers in Düsseldorf- オープンアトリエ・2016

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デュッセルドルフでは毎年夏に市文化局が主催する"Kunstpunkte クンストプンクテ"というイベントがある。
市内在住500人以上のアーティスト達が各自のアトリエをオープンし、市民が自由に鑑賞できるというもので、先週末私も自宅のアトリエを解放した。このイベントは今年で20回目の開催で、毎回この時期は町全体にポスターが貼られ、あらゆる所に参加者全員の情報が書かれたパンフレットも置かれ、ウェブサイトもとても見やすく作られていて、本当によく機能していると思う。
私が初めて参加したのは4年前の2012年。娘出産後1年経ち、これまで産休状態だった仕事を少しずつ再開するのにあたって、当時展示の予定なども特になく、まだ子供も小さくて外出も難しかった私にとっては、人に自分の作品を自宅に観に来てもらうという形が一番ベストなのではと思った。以降4回参加して、毎回新しく思いがけない出会いを得られている。


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一言で「アトリエ」といっても色々な形態がある。
私のように自宅の一室にアトリエを構えている人もいれば、普通のマンションの部屋を住居とは別のアトリエとして使っている人、または以前は会社や倉庫
だった建物に大勢のアーティスト達が入って、建物全体を「アトリエハウス」としている所など。訪ねる側としてはそういう場所の方が入りやすいし、一度に様々なアーティストの作品が観られて面白いし、お得感もあると思う。
個人宅にいきなり知らない他人が訪ねるというのは、訪問する方もされる方も少し勇気が要る所もあるが、我が家の来訪者は、大勢の中の一アーティストではなく「私」に興味を持って来てくれた方達だから、私はできるだけ会話をするように努めた。友人知人ももちろん来てくれたけれど、初めて会う方達からは、通りがかりで立ち寄って、HPを見て絵が気になったから、日本人の名前だったのに興味を持って、以前画廊で見て作品を覚えていて、などなど様々な理由を聞くことができて嬉しく思った。チャイムの音がすると、今度はどんな人が来てくれるんだろう、と家の中でわくわくしながら待つという経験もなかなかできないことだし、上品な初老ご夫婦、コレクター風の男性、若いギャル三人組、外国人カップル、初めて会う独日家族、などなど、普段あまり会話する機会のないタイプの方達と自分の作品について話すことができて、本当に貴重でありがたい経験となったと思う。


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人口約60万人の中規模都市デュッセルドルフは、ベルリンやミュンヘンのような大都市と比べてしまうと確かに小さい町。でも決して小さ過ぎることはなく、文化レベルの高さ、住み易さに慣れるとなかなかここから離れられない。ある統計で今年も生活水準ランキング世界第6位の都市に選ばれたと読んだ。(ちなみに東京は44位)
その豊かさが市民の姿にも反映していて、オープンアトリエで出会った来訪者と話していて思うのは、アートに対しての姿勢がとても自然で柔軟なこと。「夫にねだるクリスマスプレゼントの候補にしたいから。」と言って作品リストを持ち帰られた女性、「今年は行けなかったけど、どうだった?来年はまた是非行きたいよ。」と今週偶然道ですれ違った時に声を掛けてくれた前回の来訪者など。こちらも制作活動が生活と結び付いている感覚を得られる。


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昨年は、3時間で各地のアトリエを回るというこのイベントのシャトルバス搭乗者20名も一気に来訪。



作品というものは本当に人の目に触れてこそ生きるものだとつくづく思う。毎回展覧会の後に改めて見る自分の絵は、同じものなのに出品前とは少し変わった印象を受ける。様々な方からいただいた言葉が作品の表現の層をより厚くしてくれる。また過去のオープンアトリエの後に、意外な形で作品の嫁ぎ先が決まったり、次の展覧会の話をいただいたことなども結構あった。どんな形であれ、常に発表、発信し続ける姿勢が大切だと思う。
そして毎
回人を迎え入れるのにあたって、アトリエを片付け、我が家の場合は家中大掃除もし、壁という壁に絵を掛ける。たった2日間のことだけれど、私も家も総リセットされて、心地良い疲労感と次のステップへの新たな活力を得られて、前向きな気持ちになれる。

今週末は市の南部にあるアトリエがオープンされる。北部のアトリエは自分も参加していたため回ることはできなかったので、明日は気になる所へ私も足を運び、沢山の刺激をいただきたいと思う。


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by mikimics | 2016-09-09 18:50 | work | Comments(0)

Maigrün 5月の緑 2014

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先日5月のsumi.
での個展で、知人の日本人女性がドローイングを1点購入して下さった。思いがけない彼女からの申し出は大変嬉しかった。そしてその絵をきっかけに彼女(Yさん)と連絡を取るようになり、好感を持つようになった。Yさんは日本で大学を卒業された後に、ドイツに留学そして就職しずっとそのまま住み続けられていたが、このたびめでたくご結婚され、お相手の方が住む大阪市へ転居される。15年も過ごしたドイツ生活にピリオドを打ち、新生活を母国日本でスタートする。その新居にドイツから持ち帰った絵を飾りたいと言って、私の作品を求めて下さった。それがこの„Maigrün 2014”である。

Maigrün (「マイグリュン」と発音。英語ではMay green「5月の緑」という意味)というタイトルは、絵具の名前から付けた。2007年春にこちらに転居して間もない頃、画材屋に立ち寄り、世界的に有名なドイツの絵具メーカーSchmincke(シュミンケ)の絵具を見つけた。シュミンケのことは日本にいる時から知っていたが、輸入商品なので当たり前だが値段が比較的高価で、買ったことはなかった。そしてこちらの価格はやはり日本より随分安いのを見て、一つ試しに買ってみた。その水彩絵具の色がMaigrünだった。2007年4月のドイツは記録的な快晴続きで、街はこの鮮やかな黄緑色マイグリュンにあふれていた。散歩をするだけでも心地良く、美しい所に来たなぁと日々感動した。
家に帰ってこの新しい絵具を早速試しに筆に含ませてみた。鮮やかな色が気持ちよく紙の上ですべり、帰り道に眺めた新緑の残像を想いながら、手が動くままに一枚好きに描いてみた。美しく良い絵具を使うと、それだけでテンションが上がる。ただただ楽しい幸せな瞬間で、それほど悪くないものが描けた。


それから7年後、個展の準備を進めていて、日本画作品だけではなく少しライトな水彩ドローイングも何点か飾りたいと思った。そして手頃な額もたまたま2つ手元にあった。2007年に絵具の試し描きで描いたMaigrünがちょうど額に入るし展示の雰囲気とも合う。では同じ額にもう1点連作的な絵を入れて飾ろう。でも何もない、じゃぁ仕方ない、今から描くか、と急きょ過去のスケッチを基に一晩で一気呵成に描いた。それが„Maigrün 2014”である。個展搬入2日前のことだった。そして連作として無事2点を展示した。

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„Maigrün 5月の緑” 28x21cm Watercolor on paper 2007(左) 2014(右)



絵にはそれぞれに運命がある、と時々しみじみ思う。搬入直前の追い立てられた精神状態で半分義務感から描いたドローイング、最後の最後で突然生み出された小品は、その後Yさんの目に留まり、彼女と一緒に日本に、しかも私とはあまり縁のない西の地へ渡ることになった。またYさんは数日前にドイツ、ライン川沿いの古城で行われた彼女の結婚式にも、この作品を飾って下さった。深夜のアトリエで期限ギリギリで描いたこの絵に、こんなに晴れやかな明るい未来が待っていたとは考えてもみなかった。

「私達が結婚した2014年に生まれたこの絵が、私がドイツで一番好きな季節の思い出を日本まで運んで来てくれると思います。」とYさんは言ってくれた。その言葉を聞いて、私達が結婚したばかりの頃のこと、初めてのドイツ生活、毎年春を迎えた頃の気持ちなど、色んな想いが頭をよぎった。そういう思い出を胸に一枚でも多く深くまた作品を創りたいと思った。


Yさんが送って下さった結婚式場の画像。右奥に小さく小さく„Maigrün 2014”が見える。

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by mikimics | 2014-09-16 18:36 | work | Comments(0)

2014年春・個展開催中-2

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デュッセルドルフにある和食レストランsumi.
での寺尾美紀展は今月末まで好評開催中。

先月、追い込み制作中に書いたブログの文章では、子供がいるから時間がなかなか作れないと、つい少し否定的に書いてしまった所があったが、実際展覧会が始まり、改めて自分の作品を客観的に眺めると、出産前には考えもしなかった構想やモチーフを描いたものもあり、自分が子供にいかに影響を受けているかということも感じた。
メインの壁に掛けた3部作„Eine Landschaft ある風景”にはどの絵にも色んな形の「月を描いた。これは夜空を見ると必ず月を探す娘から少なからず影響を受けていると思う。また手のひらサイズの小品で「タンポポの綿毛」を描いたが、これも娘と公園で過ごす日々がなくては浮かばないアイディアだっただろう。
子供と一緒にいると、自然の中にある普遍的に理由なく美しいものの存在を再確認させてもらったり、忘れていた過去の純粋な楽しい日々を思い出させてもらえる。

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„Pusteblume タンポポ” 6x4cm, Pigment on canvas 2014 個人蔵



この展示ではこれまで思いがけない方達に作品を購入していただけたり、今後に繋がる新しい出会いを得ることも出来た。そして絵で言葉で自分を表現したことで、現在の自分自身を再確認できたので、この経験をこれからの活動へ生かして行きたいと思う。

個展は5月末まで、いよいよ今週いっぱいになりました。どうぞよろしくお願い申し上げます。


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by mikimics | 2014-05-26 20:39 | work | Comments(0)

2014年春・個展開催中-1

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2014年5月2日(金)より、デュッセルドルフにある和食レストランsumi.での個展が始まった。合計20点(内新作14点)の作品を今月末まで店内に展示していただける。

私は今回、展覧会のタイトルを -Arbeiten der Schichten 層をつくる仕事- と題した。このタイトルに込めた想いをこちらで少し書きたいと思う。
この「層」という言葉には私にとって様々な意味がある。
まず第一に、私の制作方法と画材に関係がある。もう20年以上私は日本画岩絵具を用いて制作しており、お皿の上で砂状の絵具に膠と水を混ぜ指で溶き、筆や刷毛で画面に塗るという地道な作業をずっと続けている。特に私は水を多めに絵具を薄く溶き、何度も何度も色を重ねて何とも言えない深い色合いを出す方法が好きで、その工程はいつも私に絵具の層を連想させる。言わば「色の層」をつくる仕事である。

もう一つの意味は、自分自身の中にある様々な「層」。
日本を離れて7年、今はドイツでの生活が基本で、母国は時々訪れる国というスタンスが普通になってしまった。でも30代半ばまで住んで自分の基盤を作った日本での日々を忘れることなどもちろんなく、ふとした瞬間に鮮やかに思い出されたり、懐古するような気持ちで深く考えたりする。少なくとも年に一度は帰国しているが、帰ると昨日まで住んでいたかのようにすぐに感覚が戻る自分と、日本そして日本人について客観的に外から眺める自分と両方いて、年々自分の目が複眼的になって行くのを感じる。異なる時間、文化、生活、記憶、感覚など様々な「層」が自分の中に増えて行く実感がある。それは私には必要なことで、その層を作品にできないか、一層でも多く深く表現することができないか、ずっと考えている。
モチーフとしては心象風景、花や葉などの植物を題材にしたものが多いが、すべての作品はこの「層」がコンセプトとしてあり、小さなものが連続して一つの大きな様をつくる様子、積み重なってできた形態などを表現している。言葉にすると抽象的で難しいが、絵という形を通して他の方々に観ていただき、何か感じていただけたら、とても嬉しい。

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左: „Eine Landschaft ある風景” á 40x70cm, Pigment on Japanese paper 2014
右: „Eine Landschaft ある風景” 100x100cm, Pigment on canvas 2008

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„Hanabana” 左より 50x20cm,2pieces, 50x40cm Pigment on Japanese paper 2014

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„Hanabana” 左より 50x40cm, 50x20cm,2pieces Pigment on Japanese paper 2014

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上: „A leaf -outside-” 24x33cm Pigment on Japanese paper 2006
下: „A leaf -inside-” 24x33cm Pigment on Japanese paper 2014


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ドローイング„Maigrün 5月の緑” 28x21cm Watercolor on paper 2007(左) 2014(右)


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左: „Leaves #11” 65x91cm Pigment on Japanese paper 2006


明日5月17日(土)にデュッセルドルフでは「Japan Tag 日本デー 」という独日交流イベントがある。年に一度この時期に市が開催する行事で今年で13回目になり、昨年は60万人もの来場者があったそう。旧市街の中心に舞台が立ち、日本人の大人・子供のコーラスや邦楽、日本からのミュージシャンの演奏、お寿司・焼きそば・たこ焼など和食の屋台も沢山立ち、空手・柔道・剣道などの武芸や日本舞踊・和太鼓などの演目が披露され、マンガコンテストやコスプレ大会など日本のサブカルチャー好きな若い世代も他の町から多数集まり、夜は日本から来た花火師による打ち上げ花火が30分間夜空を彩る。これはこのお祭りのハイライトで、これを目的に近隣国から来る観光客もいて、私も日本の花火の質の高さをこちらに来て改めて感じた。

この日はsumi.ではギャラリーデーとして通常営業はお休みして、今年は私の作品をギャラリーのように静かにご覧いただくことができます。私も16時~19時まで会場におります。デュッセルドルフにいらっしゃる方、お時間がございましたらどうぞご高覧いただきますようお願いいたします。


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„Kirschblüten an der Cordobastraße コルドバ通りの八重桜”
24x33cm Pigment on Japanese paper 2014



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by mikimics | 2014-05-16 17:20 | work | Comments(0)

子供と生活しながらの制作

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幼児と生活しながらの制作は、育児や家事の合間に見つけた細切れ、隙間の時間をかき集めて何とか進める制作で、子供を産む前と同じやり方をしていては終わらないのだ、とずっと試行錯誤している。
 
今月で3歳になった娘は夏から幼稚園に行くことが決まっているが、今は週3日の託児以外はずっと私と一緒にいる。彼女が託児に行っている数時間、昼寝をしている1時間、一人遊びに集中している一瞬、彼女が寝た後私の体力が続くまでの時間、家族がまだ寝ている早朝の静かな時間、そんな時間を必死に集めて、今月は展覧会へ向けて制作している。
なるべく効率良く作業できるように、出掛ける直前や家事をする前に絵の具を一色塗って、帰宅後や家事をした後に画面が乾いて印象が変わった画面を見て、不在にしていた時間が作品を創ってくれたような錯覚に陥ったりしている。
 
子供が家にいると、なかなかまとまった集中時間を保つことは難しい。今なら誰にも邪魔されないと深夜に集中して作業していた時、いつもはよく寝ているはずの時間に突然娘が泣き出し、普段は夫がなだめればまた寝るのに、ママでないと嫌だと泣き止まなくて仕方なく筆を置いた時など、正直とても腹立たしくなる。子供の直感で、母親が自分以外の何かに集中していると感じているのだろうか、こちらが追い込み状態になればなるほど、彼女もママ、ママと言うようになり、自分が知らぬ間に彼女に対して手を抜いている証拠なのだろうかと申し訳なく思ったりもする。
 
でも子供というのは本当に予測不可能なおかしな言動をするもので、一日に一度はどっと笑わせてもらうことがある。今日も大した仕事が出来なかったな…と思いながら娘を寝かしつけていた時、不意に彼女が「あかちゃんのとき、ママのおっぱいのんでたね。」と言うので、「そうね、どんな味だったか憶えてる?」と聞くと、「うん、あのね、いちごあじだった。」と言うので、思わず大笑いしてしまった。こちらの思い通りに行かずイライラさせられたことも一瞬でふっとび、その日一日のネガティブなことが全て帳消しされた気分になった。こんな些細なかわいく面白いことの繰り返しで、親は頑張れるのかなと思う。
朝仕事していて、娘が目を覚まして「ママ~!パパ~!」と私達を呼ぶ元気な声が聞こえて来た時、「あぁ、起きてしまった。これで静かな私の時間も終わりか…」と思うと同時に、また私達の一日が始まったと自然と微笑む自分もいる。
 
作品は形に残るものだが、同時にその背景にある無形のものも背負っている。自分の過去作品を見ると、描いた時のことも付随してすぐに思い出せる。描いた季節、場所、状況、動機、制作過程、当時の自分の精神状態など。
娘が1歳頃、何でも興味を持って手にし口にしていたため、私の絵の具を出していようものなら、ぐちゃぐちゃにされて大変だったので、いつも彼女の目に付かないよう隠していた。こんなこともいつまで続くのかと思っていたら、2歳半頃には「これはママのえのぐだから」と言って理解し、もう触らなくなった。考えてみると長い人生の中ではほんの一瞬、1年少しのことだった。細切れの時間をなんとか繋げて必死に描いている今の作品達を今後見るたびに、あれは特別な期間だったと懐かしく感じることが出来るようにきっとなるのだろう。今はまだそういう気持ちにはなれないけれど。
 
新作: „Eine Landschaft ある風景” 40x70cm, Pigment on Japanese paper 2014

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by mikimics | 2014-04-26 19:22 | work | Comments(1)

トチノキ・マロニエ・カスターニャ

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誰かの文章で「ヨーロッパは木の花が面白い」というのを読んだことがある。こちらに住んでいて春になると、この言葉を時々思い出す。ドイツは冬が長く寒く、ややもすると冬季鬱のような精神状態になりがちな暗さがあるのだが、4月になると突然春の息吹が爆発するような勢いでやって来る。これは何年住んでも毎回新鮮で驚かされる。日本でも桜が咲き誇り春の訪れを感じさせるが、また少し感じが違う。こちらは街に緑が多いせいか、木々が芽吹き一気に新緑にあふれ、日光が好きなヨーロッパ人は急に肌を出し薄着になり、カフェやレストランも外の席に人があふれ、良い季節が来たなと街に出るだけでわくわくする。

こちらに住んでから知った美しい花が咲く木に„トチノキ”がある。フランス語では„Marronnier マロニエ”と言う。トチノキもマロニエも言葉はずっと前から知っていたが、この木がそうだったということはドイツに来て初めて知った。ちなみにドイツ語では„Kastanien カスターニャ”(正確には「クリ属」という意味)と言われ、私は3つの名前の中では、カスターニャが一番言葉の響きが好きである。とてもとても大きな木で、手のひらのような形の5~6枚の大きな葉を付け、白やピンクの豪華な花を咲かせる。私がドイツに転居してきた6年前の春、ちょうど我が家のリビングからこのカスターニャが良く見え、花が満開でとても美しかった。そしてこの木は私にとってドイツでの思い出の木になるだろうと直感した。(家の居間からの写真。右側の白い花の木がトチノキ)

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5月頃たわわに花が咲き、夏の間は大きな緑の葉が豊かに茂っている、秋には黄葉し、栗と見た目全く変わらない実を付けるが食用ではない。その時期はどこの公園にもトチノキの実がころころ道に落ちている。栗と思って拾い栗ご飯を炊いたかわいい日本人の友人もいた。冬前に葉が枯れ落ち長い冬を経て、3月終わりから4月にかけて枯れ枝状態だった木が芽吹き、小さなかわいらしい手のような葉がつく。その黄緑色の鮮やかな葉はみるみる大きくなり色も濃くなり、そしていつの間にかつぼみがたくさんつき、また花が咲き始める。(再び居間から撮ったもの。秋と冬の様子)

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毎年春先に芽吹き小さな葉がつき始めた頃のカスターニャを眺めるのが好きで、ずっと描きたいと思っていたのだが、その期間は1~2週間と短くいつも機会を逃していた。でも今年ようやくスケッチをすることができた。この写生を基にどう本画に展開していくか、現在楽しく試行錯誤中である。

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by mikimics | 2013-05-08 16:29 | work | Comments(0)

作品を手離すとき

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今年の年明け早々、ありがたいことに私の作品をあるドイツ人の方に購入していただいた。作品が求められることは、毎回嬉しいし大変励みになるが、同時にわが子のように手塩にかけた作品を手元から離す寂しさも味わう。今回の作品はこのブログのロゴ画像にもしている„Hanabana”(2009)で、ドイツに来てから描いた絵の中でも思い入れがあるものだったので、特に感慨深かった。

手渡す前日の夜、もう一度改めて作品と向き合ってみた。この背景の色がなかなか決まらなかったんだよね、などと絵に話しかけながら、本当に明日お嫁入りする子と語り合うような気分。ちょうどその時日本に送る直前で制作中だった作品„Winter 2009-2012”と並べてみて、配色やスタイルが少し似ていたことも手伝って、これから世に出る新作に新しい命を吹き込んでくれたように見えた。

作品は完成された時点から、作家の手を離れ一人歩きを始め、その先の将来は作家の管轄外になる。世界的に活躍されている日本画家、千住博氏の言葉「絵には運命があり最後には落ち着く所に落ち着く。絵にパワーがあるならばおかしな所で終わらないと思う。」を私も信じている。生きている間は絵が一枚しか売れなかったゴッホの作品が、今は世界中の美術館で展示されているように。ダ・ヴィンチの作品「聖ヒエロニムス」が18世紀以降行方不明になり、分割されて一部は靴屋の台に使われていたのが19世紀に発見されてまたヴァティカン美術館に戻されたように。

本当の意味でパワーのある良い絵を一枚でも多く描き続けたいと思う。今後の人生で、時間的にも能力的にも、そういう作品をあと何枚描くことができるのか焦る自分がいる。私達は今後何年ここに住み続けるか分からない。また別の土地へ移る可能性もあるかも知れない。だからデュッセルドルフで生まれたこの作品が、同じ町の中に安全でこれ以上ない場所を見つけることができて、大変感謝している。

現在のHanabanaの様子。美しい自然光が当たるリビングルームの白い広い壁に飾っていただいている。

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by mikimics | 2013-03-27 18:42 | work | Comments(2)