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カテゴリ:life( 9 )

ひと月遅れのRosenmontagszug カーニバルパレード

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デュッセルドルフで欠かせない行事のひとつとして、Karneval カーニバルがある。
世界的にはリオやヴェネチアのカーニバルが有名だが、ドイツもいくつかのカトリック地域では町全体で祝い、特にKöln ケルン、Mainz マインツ、Düsseldorf デュッセルドルフなどは大規模に盛り上がることで有名。主に南部の都市での習慣なので、同じドイツでも北部では行われることはなく、ベルリンやハンブルグなどの大都市でさえも祝わない。
カーニバルは正式には11月11日11時11分からスタートするが、実際のお祭りはイースターの6週間前の2月~3月で、木曜日からスタートし翌週火曜日まで6日間続く。人々は仮装して街に出て、昼間からお酒を飲み踊り歌い、とにかく町全体が無礼講になる。町中酔っ払いだらけになって本気で危険なこともあるので、警察のパトロール数も多くなる。でも何でもありの雰囲気を利用して、良い出会いのチャンスを狙ってくる人も多く、私達の友人でもカーニバルで出会って結婚したカップルもいる。

初日の木曜日はレディースデイで女性が主役の日。女性は男性のネクタイをはさみで切ったり、お酒をご馳走してもらうのは当たり前。私の初めてのカーニバルは夫と女友達と出掛けたが、友達と私は知らない男性達から何杯もビールをおごってもらって、なかなかいい気分だった。代わりに夫は知らない女性達におごらされていたけれど。笑
そして5日目の月曜日、Rosenmontag(薔薇の月曜日)にカーニバルはフィナーレを迎える。昼頃から数時間、きれいに飾られた70台以上もの山車が大通りをねり歩くパレードがある。山車は毎年新しく制作され、現在ホットな話題をテーマにしたものや政治を風刺したものが多く、全国ネットのニュースでも報道される。そして「Helau!(ヘラウ!)」「Kamelle!(カメレ!)」 など、カーニバル時だけの特別な掛け声をあげて、皆持参した袋に山車から投げられるお菓子を拾い集めるという、大人にも子供にも楽しい催し。(このパレードに関してのドイツ大使館の分かりやすい説明はこちら

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今年デュッセルドルフでは大変珍しいことが起こり、2月8日に予定されていた薔薇の月曜日のカーニバルパレードが暴風雨のために中止になった。こんなことは戦後2回目、26年ぶりのことだったそう。でも山車を制作する業者も1年前から準備をしているし、配るお菓子を大量に用意したスポンサー達も大損害を被るし、とにかく市民にとって残念すぎるので、1ヵ月後の3月13日(日)に延期になると発表された。

本来パレードは、毎日お祭りの雰囲気が高まり、5日目に気分が最高潮に達した所で祝うもの。今年はフィナーレなしでカーニバルが終わり、1ヵ月後に突然1日だけフィナーレを迎えるというのは、どんなものなのだろう?盛り上がるのだろうか?とちょっと半信半疑だった。でも実際はお天気に恵まれたこともあって、街に出ると噓のように完璧なカーニバル雰囲気になっていて、みんなよくやるな~とおかしくなった。ドイツ人達は仕事もしっかりするけれど、遊ぶ時は本気で遊ぶ。カーニバルに対するデュッセルドルファーの思い入れと底力を見たようで、なんだか妙に感心してしまった。

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毎年我が家も必ずこのパレードを観に行くが、今年は旧市街の中心の良い場所に行ったこともあり、また偶然私達の周辺にあまり子供がいなくて、周りの人達が取ったお菓子をたくさん娘にくれたのもあって、例年にない量のお菓子を持ち帰った。こんなにたくさん食べきれないので、しばらく我が家の教室に来る子供達にも配りまくるつもり。

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カーニバルは私達外国人にとっては、クレイジーな馬鹿騒ぎにしか見えず理解できない人も多くて、この時期はあっさり旅行に行き町を離れる人も少なくない。うちの夫は必ず仕事をしっかり休んで本気で楽しむ派で、私も最初の数年は毎年増える仮装の衣装にちょっと辟易していたけれど、さすがに8回経験すると慣れたこともあり、また子供と一緒だと別の楽しみも生まれて、年に一度の大事な行事と思えるようになった。
カーニバルの衣装はデパートでもどこでも買えるが、クリエイティブで美しい自作衣装や、思わず感心してしまうアイディア衣装の人達は良いなと思うし、さりげなく仮装をしてとても楽しそうにペアで踊る老夫婦なども、ただ素敵だと思う。何より子供達の仮装は本当にかわいい。
4年前、ベビーサイズの衣装を着せて初めて娘と一緒に街に出たカーニバルの写真を見ると、瞬時に色んな記憶がよみがえる。また今年のパレードでは、私達の向かいに偶然いた難民の家族らしい人達、子供達が嬉しそうにお菓子を取っている姿が見えて微笑ましかった。それぞれの年ならではでの思い出を重ねて、年々感慨深くなっていく行事と言えるかも知れない。


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by mikimics | 2016-03-22 19:10 | life | Comments(0)

2Euroで得たもの

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我が家のそばは便利な商店街があって、いくつかのスーパーマーケット、パン屋、肉屋、八百屋、花屋、ケーキ屋などなどの専門店もたくさんある。時間がない時は急いでスーパーで買い物するけれど、専門店の方が新鮮なものが買えたり、対面販売で会話が生じて楽しいしドイツ語の勉強にもなるので、なるべく私は個人のお店に行くようにしている。
その私の行きつけのお店に、あるチョコレート屋がある。ちょっとした手土産に適したものが売っているので、月に何回かは行っている。初老の上品なマダムがいつも店頭にいて、娘を連れて行くと必ず何かしらのプラリネを一つ彼女にくれるような優しいお店。

先日お友達の家に遊びに行くのに、またそのお店で買い物をした。店内に釣銭用のお金を多く置かない主義らしく、大きな紙幣を出すとあまり良い顔をされないことは以前から知っていたけれど、その日は運悪く小さな紙幣の持ち合わせがなかったので、6Euroほどの商品に対して50Euro紙幣を出した。
すると案の定、「もっと小さなお金はありませんか?」と言われた。
「ごめんなさい。生憎この紙幣と、あと小銭はこれだけしかないのです。」と言って、私はお財布から硬貨を全部出して見せた。
マダムは私の手のひらのコインの中から4Euroほどを選んで取り、「おつりが出せないことはないのだけれど、今ここで小さな紙幣を使ってしまうと後で困るから、明日か明後日にでもまた2Euroができたら持ってきて下さい。」と言われた。
「でもそれでいいのですか?」と私が聞くと、
「Wir kennen uns schon. (私達、もうよく知り合ってるじゃないですか。)」と言われた。

この言葉を聞いた時、私は思わず胸がドキッとした。そんな風に信用してもらって嬉しいというより、大げさな言い方かもしれないけれど、お客との信頼関係を大切にする - 商売の基本 - を示された気がした。
その後この2Euroがずっと頭から離れず、たった2Euroのことなのだけれど、なんだかそれはとても重要なことに思えてきて、これはぜひ今日中に返したいと思い、意識して小銭を作って帰り道にまたお店に寄り、お金を渡した。「ご親切にどうもありがとう。」とマダムにすてきな笑顔で言われて嬉しかった。

それ以来、私はこのお店の前を通るたびに、あの2Euroのことを思い出す。そしてもともと気に入っていたこのチョコレート屋さんは私にとってさらに特別なお店になった。これがお客の心をつかむということなのだろうなと思う。私が子供の頃と比べると、最近はお店の人とのこういう気持ちの入ったやりとりは少なくなった気がする。大型チェーン店が世界のどの都市に行っても同じように並ぶ昨今、こういった個人のお店との関係は大切に保ち続けたいと思う。


デュッセルドルフ在住の方、このすてきなショコラテリーはこちらです。最初は一見さんお断り的な雰囲気があるので、少し入りにくいかも知れませんが、Altbier アルトビール入りやSenf ゼンフ(マスタード)入りプラリネなど、美味でちょっと変わったオリジナル商品が置いてあるかわいらしいお店です。

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by mikimics | 2015-12-02 18:11 | life | Comments(0)

日本のトイレ

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毎回の日本滞在で感じるのは、日本は本当にトイレ先進国だということ。
そのハイテクぶり、多様な機能は来るたびに進化していて、どこに行っても同じような基本的なトイレしかないドイツから来たローテクな私達は結構驚くことが多い。
10年前、夫は東京で仕事をしていた。クールな大都会「Tokyo」に興味があって一度訪れてみたいと思うヨーロッパ人は多く、当時も彼の友達が沢山ドイツから休暇でやって来た。そして彼のマンションに泊まった人達は皆、トイレ(ごく普通のウォシュレットトイレ)の写真を撮っていった。まだドイツに住む前だった私はそんなに珍しいものかな?と不思議に思ったが、今は彼らの気持ちが分かる。そしてその外国人が驚く感覚を、私の娘もしっかり持っている。

日本にいる時、外出先でトイレに入ると、彼女はいつも興味深げにしげしげと便器を観察し「これ、どうやってながすの?」と毎回必ず私に聞いてくる。「かってにながれるのかな?どこかおすのかな?」
そして私も即答できないことが多い。本当に様々なタイプがある。自動的に流れるタイプ、ボタンを押すタイプ、手をセンサーにかざすタイプ、レバーを下におろすタイプ… 実に色々な機能やデザインがあって、感心すると共にここまで複雑にする必要はあるのかなと思ったりもする。

個室内の私達の会話は延々と続く。
「これなあに?」
「これはおしりを洗うためのボタンなのよ。でも子供はまだ使えないから勝手に押さないでね。」
「ふうん。なに、このごーっておと。」
「おしっこする音が聞こえないように水の音が流れてるのよ。」
「どうして?」
「それが恥ずかしい人もいるからよ。」

手洗いの流し台も色んな種類がある。手をかざすと中央から水が出て、左側から泡の石鹸、右側から温風が出るとか、目新しいタイプと出会うと、「わぁ。びっくりした!」「このといれ、すごいね。こんなの、どいつにないね。」と純粋に娘は驚き喜んでいて、私達にとってはトイレも結構退屈しのぎの場所になる。


最近のハイテクトイレとは全然違うけれど、また別の日本のトイレの話も書きたい。
冒頭の画像は「トイレ」という絵画作品。(長尾ふみ氏、油彩、2014年制作)
この絵には昨年夏の日本滞在時に銀座の画廊、ぎゃらりぃ朋での彼女の個展で出会った。最初に観た時「あぁ、面白い作品。そしてとても日本的な絵だ。」と思った。
というのは、このように上から水が流れて手が洗える仕組みになっているトイレというのを、私は海外で一度も見たことがない。ひょっとしたらこれは日本独自のものかもしれない。昨年夏3歳だった娘がオムツが外れて初めて日本の実家のトイレに入った時、「どうしてここでてをあらうの?」と私に聞いてきた。そう質問されて初めて、確かにこんなトイレ、ヨーロッパにないなと思った。そして数年前に義理の家族が日本滞在した時にドイツ人の義父がこのタイプのトイレを見て「このシステムは水と時間の節約になる。すばらしい発明だ!」と感心していたことを思い出した。私はずっとこれが当たり前で育ってきたので、そんなこと考えたこともなかった。ありふれたことも全く違う視点から観察すると、新鮮で別の意味を持ったものに見える。

この部分だけを描くことで「トイレ」を表現した長尾さんのセンス、落ち着いた色彩とシンプルな線の構成に惹かれたのもあったが、私の中のノスタルジーが、この小品から様々のことを思い出させた。実家のトイレ(もう少し新しいタイプだけれど)、昔どこかの公園で入ったトイレ、いつの日だったか地方の旅館で入ったトイレ、などなど古い記憶とシンクロするような感覚を得た。そして一度日本を離れなければ、この絵にこんなに魅力を感じることはなかっただろうと思い、このままこの作品と別れてしまうのが忍びなくて、ついその場で購入させていただいた。今この小品はドイツの自宅にある。
長尾ふみさんはまだ20代の方で、控えめな人柄だが芯の強さを感じるすてきな女性。これはたまたまトイレを題材にしたものだけれど、何気ない日常の一場面を、ホッパーのように静かな詩情豊かな表現で描く作風が多く、まだ若いのに地に足のついた仕事をされている今後が楽しみな作家さんだと思う。彼女の今年の個展は現在ぎゃらりぃ朋にて8月1日(土)まで開催中。


私達は先日またドイツへ戻ってきたが、帰路のANA機内のトイレでも、色々と驚かせてもらってまた娘と会話が弾んでしまった。彼女は今4歳。外出時にトイレの個室に一緒に入るのもあと何年のことだろう。
近い将来、個室の中で彼女の素朴な質問攻めにあった時のことを、懐かしく甘酸っぱく感じる日も来るのだろうな、とふと思った。



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by mikimics | 2015-07-26 19:38 | life | Comments(0)

夏時間 冬時間 Summer/Winter time

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昨日の日曜日からこちらは夏時間になった。毎年3月最終日曜日の朝始めにやることは、家中の時計を1時間早めること。ドイツに住んで最初の数年のうちは毎回不思議な気分になったけれど、8年経った今はあぁ今年もそんな季節かと普通に思うようになった。そして10月最終日曜日の朝は、1時間早めていた時間を元に戻して冬時間になる。

日本にはサマータイム制度がないので、実際に時刻が変わるということがどういうことなのか、私もドイツに住むまで理解できなかった。具体的に説明すると、こちらでは3月最終日曜日深夜2時になると同時に3時に変わるそして10月最終日曜日は深夜3時になると同時にまた2時に戻る。3月最終日曜日は1日が23時間、そして10月最終日曜日の1日は25時間になる。私の感覚から言うと、1日23時間の日はとても日が短くなったような結構損した気分になる。逆に1日25時間の日は、今日はいつもより1時間長く眠れるね、などとこちらの人達はよく言うのだが、特に長くなって得した気持ちにもならない。時間というのは増えた時よりも減った時の方が、強く感じるものなのだなと知った。

私がこちらに転居したのは2007年4月で、もう既にサマータイムの季節だった。半年後の10月に夏→冬時間になる切替日を初体験した。切り替わる瞬間を体験したくて、その日は深夜3時まで頑張って起きてテレビを見ていた。テレビのニュースで「Welcome to Winter time!」なんて告知がされるのかしら、などと勝手に想像していたら、なんのことはない、3時の表示が自動的に2時に切り替わっただけで、なんだ~つまらない…と思った。でもそれは何も知らない外国人の発想で、私達日本人は小さな地震が日常茶飯事でいちいち驚かないように、ヨーロッパ人達にとって年2回時間が変わることは当たり前なので、大したニュースでもなんでもない。

サマータイム制のメリットは、太陽の出ている時間帯を有効に利用し、電力消費量を1時間分節約できるということだけれど、私の周囲のドイツ人は、生まれる前からこの制度がありそれが当然な訳で、特にこれについて深く考えたこともないという人が多い。導入理由も良く知らなかったり、効果があるかどうかは疑問だけれど特別興味もないといった感じで、少し意外だった。私からすると時間を強制的に1時間も早めるなんて、すごいこと考えたなと思うのだが、実際にヨーロッパに生活して夏と冬でこれだけ日照時間が違うことを体感すると、こういうアイディアが生まれるもの分からないでもない気がする。そして年間を通して日照時間の差がそれほどない日本を含むアジア諸国ではこの制度は定着しないと思う。
こちらは陽が出ている時間が最も長い6~8月は、夜も22時くらいまで明るいので、サマータイムにしなければさらに23時まで明るいのかと考えると、意味はあるのかもと思う。夜20~21時頃に子供にもう夜だから寝ましょうねと言っても、外が明るいので全然説得力がない。睡眠障害になるので夏は子供部屋には遮光カーテンを付けることも多い。逆に真冬は夕方16時頃から暗くなり、朝も8時過ぎまで明るくならないので、夜がとても長い。


外国人の私からすると、エネルギー効果のメリットというよりは、ヨーロッパ人にとって「夏時間」「冬時間」という言葉が、とても人々の精神面に影響している印象を受ける。

夏時間」になる=わくわくする良い季節の到来で、これから花が咲き誇り緑の美しい季節になり、陽が延びて一日の行動時間が長くなる。スポーツやバカンスシーズンなど楽しいことが自然と想像できて、人はその言葉を嬉しそうに発音する。そして逆に「冬時間」になると1時間遅くなることで、急に日没時間が早まり陽が短くなった印象を受け、あぁもう夏は終わり、これから長く暗い冬がまた始まるのか…という気持ちにさせられるでも同時に聖マーティン祭やクリスマスなど寒い時期ならではの行事も連想できる。「冬時間-Winterzeit」という名前のお茶もあったりするが、冬に家で温かく快適に過ごす時間がすぐに想像できる。

「夏時間」「冬時間」- この二つの言葉の持つ本当の意味は、ここに住まなければ理解することはなかったとつくづく思うこの概念も私にとってドイツに来て学んだことの一つだと言える。

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by mikimics | 2015-03-30 18:13 | life | Comments(0)

髪の色から想う、色の見え方

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私の髪の色は日本人にしては少し明るめ、黒というよりはこげ茶色で、日本で美容院に行くと美容師さんに「本当に何もしていなくてこの色なんですか?」とよく聞かれる。(もちろんドイツでは、そんな質問を受けたことはない。笑) ダークブロンドの夫の髪と混ざった娘はさらに明るく茶色に近いこげ茶色。きっと日本人に彼女の髪の色を尋ねたら、100%黒とは言われないと思う。

昨夏幼稚園に入園してすぐに、娘は先生と一緒に絵具を指で塗って自画像を描いた。黒の髪に茶色い瞳の絵。入園したての3歳児なので、きっと先生が色を選んだのだろうなと思った。幼稚園には他の子の絵も飾ってあり、金髪の子達は黄色の絵具、茶色の髪の子達は茶の絵具で描かれていて、黒の子は娘とほんの数名(南欧系の黒髪の子と、他にもう一人いる独日ダブルの子)だけだった。
また私は一度も言ったことないのに、娘は「わたしのかみはくろいから」と言って黒い髪の自分の絵を家でも時々描いたりする。きっと幼稚園で先生やお友達に言われているのか。私からすれば、カラーチャート的には娘の髪よりもっと黒に近い髪色の純粋ドイツ人の子供もいるけれど、きっと母親が日本人というイメージも手伝ってか、幼稚園内では彼女の髪はかなり黒く見られているのかも知れない。

先日日本滞在した時、娘の日本語教育のために実家の近所の幼稚園で、今後の滞在中に短期体験をさせてもらえないか見学にうかがった。園内に案内された時、園児達の黒い髪が集団で目に飛び込んで来た。本当にみんな黒いんだなと、当たり前ながら思ってしまった。そしてその中にいると娘の肌や髪の色がいつもより少し明るく私の目にも映る気がして、ドイツの幼稚園でクラスの半分以上が金髪の子供達という世界では彼女の髪がより黒く見えるのも当然かも知れないと改めて思った。


こう考えると色の見え方というのは、いかに相対的なものかと思う。同じ色でも人によって、人が持つイメージによって、場所によって、環境によって、少し違う色に見えているのかも知れない。

「相対的」という言葉を私が意識するようになったのは、17歳の時に美大専門予備校に行き始めてからのことだった。予備校の先生達は「絵とは相対的な世界なのだよ。色というのは他の色との対比で見え方が変わる。形もそう。だからきれいな色だけで絵を描こうとしてはいけない。そうでない色も適度に置くことで、きれいな色がよりきれいに見えるんだよ。」とよく教えてくれた。自分がこうだと思っている色は、実は他の色と比較して認識されている。

色を扱う仕事をしている立場からして、また人に絵を教えている身として、そして幼子の母として、「これって何色でしょ。」と断言することがいかに危険なことかと思う。
人が色を認識する度合いの幅の広さに敬意を持って、そして自分の見え方が絶対ではないという可能性を忘れずに、色と付き合っていきたいとつくづく思う。


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by mikimics | 2015-02-26 21:29 | life | Comments(0)

Weihnachtsmarkt クリスマスマーケット

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ドイツの冬は寒く暗く長い。特に11月は冬時間に変わり一気に夜の時間が長くなり、日中も平坦なグレーの空に小雨が降り続く嫌な天気が多い。ドイツ生活1年目の年は、私は日本の秋晴れが恋しくて気が滅入る日々だった。ドイツ人達も一年の中で一番つまらない月と言う。

でもそんな冬の到来も悪くないと思わせてくれるもの、外は寒いけれど気持ちを明るくしてくれるイベントがここにはある。Weihnachtsmarkt クリスマスマーケット!Weihnachtsmarkt(ヴァイナハツマルクト)はドイツが発祥で、その起源は15世紀にもさかのぼるらしい。最近はフランスなどでも見られるが、比べてみるとやっぱりドイツの方がオリジナルだなと感じる。ドイツの町ではそれぞれに特色のあるマルクトが立っていて、私はデュッセルドルフ以外はあまり知らないが、この時期に様々な町のクリスマスマーケットを巡って比較するのもきっと面白いだろうなと思う。

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世界中クリスマスは特別な雰囲気に包まれる。日本でも町はロマンチックに美しく飾られるけれど、私はドイツに住むようになってから、宗教の祭典であるクリスマスというものが本来どういうものなのか、私なりに理解するようになった。長くなるので細かい説明はここでは割愛するけれど、日本では体験することのないものの一つに、Advent アドヴェント(待降節)が挙げられる。クリスマスの4週間前の日曜日から始まるもので、カウントダウンするかのようにクリスマスを待つこの時期のこの風情は、今後私がドイツを離れることがあったとしたら、きっと恋しくなるだろうと今から予感できるものの一つである。

アドヴェントを語るのに、クリスマスマーケットの存在は欠かせない。アドヴェントの少し前から12月23日まで毎日休みなく、町の中心にかわいらしいたくさんのスタンドが立ち、ソーセージ、クレープ、揚げドーナツ、焼き栗などの食事や雑貨お土産品などが売られる。週末は市民だけでなくオランダやイギリスからの観光客なども結構来て、町はかなりにぎわう。そして何といってもお勧めなのがGlühwein グリューワイン。これは日本でも有名だが、赤ワインにシナモン、クローブなどのスパイスとオレンジ、砂糖などを入れ温めたホットワインで、寒い外で白い息を吐きながら飲むと本当に美味しい。

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「さまざまの こと思ひ出す 桜かな」
という松尾芭蕉の句がある。とても分かりやすい簡単なものだけれど、私はこの俳句がとても好きで、年々心に沁みてくる。桜は年に一度同じ時期に短期間しか咲かないから、人に強く思い出させるものがあるのだと思う。そして私にとってはドイツのクリスマスマーケットも同じ作用がある。

語学学校の友達とワイワイ楽しみながら、全てが物珍しく写真を撮りまくった初めての年、私に勧められてドイツのクリスマスを体験しに来た両親と一緒に見て回った年、友達と何軒もスタンドをはしごして食べ飲み歩いた年、妊娠授乳中でアルコールが飲めず、子供用のホットワインを飲んだ年、ベビーカーを押して初めて家族3人で訪れた年、そして今年は市電内で道を聞かれたメッセ訪問者の方に、簡単な街の説明をしたお礼にグリューワインをご馳走になったりした。また娘は初めてカルーセルに乗ることができた。

雰囲気を味わっていただきたいので、今回は写真多めで投稿します。どうぞお楽しみ下さい。


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by mikimics | 2013-12-22 16:08 | life | Comments(2)

1940年代のクリスマスプレゼント

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先日夫の叔母の家に行った時、とてもすてきなものを見せてもらった。
片付けをしていたら出て来たという、彼女が子供の時に両親からもらったクリスマスプレゼント。叔母は1942年生まれなので、実に60年以上前のもの。それは、絵画がプリントされたポストカードの下に厚紙を貼って、12等分のピースに切ったお手製のパズルだった。

「当時は戦後間もなくて、とにかくものがない時代だったから、こんな質素なプレゼントしかもらえなかったけれど、私はとっても嬉しかったのよ。」と語る叔母の言葉を聞いて胸が熱くなった。彼女には5人の孫がいる。「今の子供はものにあふれた贅沢な時代に生まれ育っているから、昔はこういうもので皆満足していたという話をしてあげようと思ってね。」

夫の祖父母にもあたる両親の手作りのパズルは、きちんとした冊子に作られていて、表紙には叔母の名前„Margret マルグレット”という字が少し装飾的に貼ってある。中を開くと左側には見本の絵のカード、右側にはパズルがはめ込まれていて、厚紙を貼った分の厚みに合わせて台紙も作られている。きめ細かな丁寧な作りで、作り手の愛情が感じられる。子供の頃の叔母が、小さな手で何度も何度もこのパズルで遊んだ姿を想像した。

私も毎年両親からクリスマスプレゼントをもらっていたが、何をもらったか、特に嬉しかった贈り物があったか、恥ずかしながら思い出すことが出来ない。そして私達もこれから毎年娘にプレゼントをあげ続けるのだが、その中で彼女が60年以上も大事に持ち続けるものがあるのだろうか、と考えてしまった。ものが増えれば増えるほど豊かにはなるけれど、一つ一つのものの意味は薄れるのかもしれない。これから子供に与えるもの、そして自分のために手に入れる多くのものについて、大切に選ぶ目を持つように心がけたいと思った。

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by mikimics | 2013-11-18 21:35 | life | Comments(0)

Der Trödel- und Antikmarkt am Aachener Platz 蚤の市

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約2年間産休していた自宅での絵画教室を、来月から少しずつ再開することにしたので、家を軽く模様替えしたく何か面白いものはないかと、デュッセルドルフの中でも大きく有名なフリーマーケットに訪れた。ここAachener Platz アーヘナー・プラッツは毎週土曜日に開催されている36年も歴史のある巨大な蚤の市で、ドイツに来たばかりの頃に夫に連れて来てもらい、とても印象的でぜひまた行きたいと思っていた。そしてとても久しぶりに今回ゆっくり見ることができた。

来てみてすぐに「ここ、やばいかも。」と思った。た、楽しい。私はここに毎週来られる。。。
家具、食器、衣類、靴、アクセサリーはもちろん、生活雑貨、DVDやCD、古レコード、本、電化製品、布、香水、子供用品、香辛料、などなど何でもあり。雑多な雰囲気で様々な香りが漂い、まるでトルコのバザールのようで一瞬ここがドイツだとは思えない。カフェやファーストフードのスタンドもあるので、一休みしながらゆっくり回ることもできる。農家直送の新鮮な野菜果物やその他食料品、オランダからの上質で安価な花屋などもあり、週末のお買い物もここで済ませられる。2万平米もの広大な野外広場にたくさんお店が出ているのだが、中央には大きなテントがあり中には少し高価なアンティーク家具や食器、雑貨などがぎっしり飾られ、カフェではジャズバンドの生演奏が聞けて、なかなか居心地が良い。

フリーマーケットの醍醐味はやはり価格交渉。「これいくら?」と売り手に聞いて、悩んでいるとどんどん値段が安くなっていくのが面白い。なぜか俵屋宗達「風神雷神図」のパクリのような雷神のレリーフが売られていたので、「これは?」と聞くと「バリ島の神様の銅版レリーフ、40ユーロ。」と言われたので、「これは日本の名画に似てるよ。」と言うと「え、そうなの?じゃ、教えてくれたから30ユーロ。」という感じ。もちろん買わなかったけど。

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本来の目的は何か面白い小さな家具を買いたかったのだが、残念ながら今回は見つからなかった。でも今日の戦利品は子供のおもちゃとドイツのカフェチェーンTchibo チボーの様々な工作用グッズ。Tchiboはドイツにたくさんあるカフェなのだが、店内になかなか気の利いた種類豊富な生活用品も売られていて商品の回転が速いのだが、売れ残った品物がこんなマーケットに流れる仕組みがあるのかと今回初めて知った。定価から比べ破格の値段の新品を買うことができて、教室の材料として重宝するものばかりで満足。

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新しい家具を探すのも好きだけれど、フリーマーケットにある家具や雑貨たちは中古の良い味が出ているのに加え、アイディア次第で新たに生まれ変わるのではと、色々想像力をかき立てられてとても楽しい。ネットで検索したら、デュッセルドルフ内にもっと大きくて評判の良い蚤の市がまだまだあるようである。自分の創作意欲とも結び付くし、ヨーロッパならではのものも見られるので、できるだけこれからも足を運びたい。

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by mikimics | 2013-04-28 19:55 | life | Comments(2)

3月11日 March 11

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これは先週家で咲いていたアーモンドの木の花。2007年春にドイツに転居して来て、近所の公園で初めてこの咲いている木を見た時、ここにも桜は咲くんだと思い嬉しくなった。後で違ったと知ったが、その時は十分お花見気分を楽しめた。ゴッホも死ぬ半年前に、その頃収容されていた精神病院で、弟テオの所に生まれてくる子供のために、この花咲く木を描いている。こちらではよく見かける木で、見るたびにいつもドイツに来たばかりの頃の新鮮な気持ちを思い出し、日本の春のこと、母国のことを想う。

3月11日は私の誕生日。そして奇しくも日本人としては忘れられない日でもある。
2011年3月11日、誕生日の朝、その日から臨月になったお腹を抱え、寝室から下の居間に降りて来て、テレビを付けて映った画面に驚愕した。恐ろしい津波の映像、一体どこだろう?ドイツ語のニュースで「Japan」と連呼され、背筋が凍った。すぐに日本の実家に電話するが繋がらず、テレビとインターネットに釘付けになり、必死に情報を探した。

昨日の朝、あの日のことを思い出し、あの時はまだ私のお腹の中にいた娘を見つめた。外は雪がちらつき、今は体調を崩していて外出できそうにないが来月無事に2歳になろうとしている彼女を見ながら、この2年を想った。あの日突然に家族、家、何もかも失った大勢の方達がいる。日本とドイツ両方のすべての家族友人達から、あなたはドイツで出産できて本当に良かったと言われた。離れているし出産間近で、母国のために祈ることと寄付くらいしかできない自分がもどかしかった。2年経つ今も多くの悲しみは消えないままだ。安全な場所にいて家族が無事に生活できることを本当に感謝しなくてはいけない。
これからも3月11日は、自分の新しい歳を迎えると共に、日本について家族について人生について考える節目の日となるだろう。



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by mikimics | 2013-03-12 10:00 | life | Comments(0)