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„篠田桃紅 昔日の彼方に” 菊池寛実記念 智美術館, Tokyo

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随分前のことになってしまったが、先日日本滞在した際に、今回初めて訪れた東京の智美術館 Musee Tomoでの展示について。

現代陶芸のコレクター菊池智氏のコレクションを公開している、2003年東京・虎ノ門に開館した美術館。
初夏のようにさわやかな5月末の日、普段滅多に降りない溜池山王駅から徒歩で向う道は思いのほか緑が多く、お散歩気分で退屈せずに美術館に到着した。

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篠田桃紅 昔日の彼方に
和紙に墨という日本的画材を用いながら世界的に活躍される篠田桃紅氏 Toko Shinoda (1913-)の作品は各所で見かけていたけれど、個展という形でじっくり観たことはなかったし、今年104歳を迎えられた氏の2016、2017年の最新作も展示されるということで、興味を持って出掛けた。

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初期の頃の書の作品から、抽象化していった代表的な仕事、最新作まで計46点。
ほとんどは和紙に墨で描かれた作品、リトグラフに手彩色も少々。線と面のシンプルな構成に、「夢」「夜明け」「みなぎる朱」「雪月花」「響」など、いつも短いひと言のタイトルがつけられていて、無駄をそぎ落とした表現から凛とした強さが伝わってくる。
伸びやかな筆や刷毛の仕事は、時に優しく、激しく、潔くて、語りかけるような繊細な書から、大胆でダイナミックな大作まで。使われている色は墨、朱、胡粉、金、銀のみといった限られたものなのに、とても表現の幅が広くて、毎回その作品の世界に引き込まれた。

そして普段は陶芸の立体作品を展示している美術館なので、普通の平面展示とは違ったプレゼンテーション方法がとても印象的だった。白い壁は一切なく、深緑、濃紺、深紅といった濃色の背景に、篠田氏の白と黒の作品は却ってとても際立って見えた。壁掛けだけでなく、展示台の上に斜めに置かれた作品も多くあり、スポットライトの当て方も効果的で、透ける布オーガンジーを使っての間仕切りの方法など、舞台芸術を見ているような気持ちになった。



展覧会を観て一月以上経った今も、地階の入り口から受付を通り、地下の展示室に向かう螺旋階段を降りた時のことを思い出す。ガラス製の手すり(これも作家作品(横山尚人氏)のもの)が下に向かって展示会場に誘うように美しく曲線を描き、これからどんな世界が待っているのかと期待させられた。
個人的には美術館は自然光が感じられる建物の方が好きなのだけれど、ここの地下の会場は内装もとても凝っており隅々までこだわりが感じられて、とても記憶に残るものだった。素敵な美術館を新しく知ることが出来たのは、今回の日本滞在の収穫の一つとなった。

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美術館エントランス扉 内側から


実家にたまたま篠田氏の著書「一〇三歳になってわかったこと」(すごいタイトル!)があったので、ドイツに持って来て、今読んでいる。103歳の方の人生哲学を聞くことも滅多にないことで、人生を俯瞰した視点、達観された意見を淡々と述べられている文章は分かりやすく、きっと今後も何度も読み返すことになると思う。
中でもこのくだりには救われる気持ちになった。


„私の日々も、無駄の中にうずもれているようなものです。毎日、毎日、紙を無駄にして描いています。時間も無駄にしています。しかし、それは無駄だったのではないかもしれません。最初から完成形の絵なんて描けませんから、どの時間が無駄で、どの時間が無駄ではなかったのか、分けることはできません。なにも意識せず無為にしていた時間が、生きているのかも知れません。
つまらないものを買ってしまった。ああ無駄遣いをしてしまった。
そういうときは、私は後悔しないようにしています。無駄はよくなる必然だと思っています。”


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美術館入り口正面にある常設展示 篠田桃紅「ある女主人の肖像」(1988)


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by mikimics | 2017-07-17 08:10 | museum | Comments(0)